第四話 アエラス王国へ①

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第四話 アエラス王国へ①

 アエラス王国との国境が近づくにつれて、警備兵たちの数が増えて行く。それは当然の事だった、他国へ行くには身分証明書と自国の許可が必要なのだ。不法侵入、邪気や魔物の侵入を防ぐ為にも警備は必要不可欠だ。  辺りを見回る警備兵たちは全員が「魔導騎士」であるが、各グループ毎に浄化と治癒、回復の力を持つ「医療魔導士」が一人ついている。万が一に備えてだろう。このような一面も辺、境伯の腕の見せ所の一つになる訳で、エドワード・ルアンの『質実剛健』な部分がよく反映されていた。ジルベルトは素直に「兄に見習うべき部分の一つだな」と感じた。  国と国と境目の僅かな隙間からは邪気や魔物が入り込みやすい為、国境を守る魔導騎士団や医療魔導士の役割は非常に重要だった。終始年中無休に警戒をしなければならない為、勤務時間が変則性で雑務も多くその割に待遇面は良いのは言えなかった。そこに目を留めたキアラが憂いており、共に視察に訪れた事を昨日の事のように思い出す。改善点をレポートに纏めたものを辺境伯となったエドワードに提出、彼が少しずつ待遇改善を計ってきて現在に至る。その甲斐あって、今では名誉あるエリート職として人気の職業ベスⅤ内に入るまでになっている。  ジルベルト、オスカー、ジョシュアの三人は、先程まで『光の風』に乗って空を飛んで移動していた。勿論、変装をしている。ジョシュア……仮名ジョーは深緑色の髪をダークブラウンに、土色の瞳をライトブラウンに変え、水色のポロシャツにグレーのパンツという姿だ。  『光の風』とは、光の精霊と風精霊の力を借りて移動する手段だ。光る事で、風が視覚化出来る。見た目は空飛ぶ光の絨毯のような感じだ。体感的にはスノーボードに似ているので、それなりにバランス感覚が必要だ。ただ、簡単な魔法で労力かからない割に、素早く移動出来るという利点がある。  手続きは、団体ではなく個人扱いとなった。アエラス王国に友人同士三人で観光に行くという設定になっており、三人分の辺境伯直筆サイン入りの身元保証書と出国許可証を見せたら簡単に手続きが終わった。辺境伯邸を後にする際、エドワードから渡されたものがこれだった。各保証書の有効期限は一年になる。即ち、これさえあれば、一年間はどの国にも一般人として自由に出入りが可能という事になる。非難されて追い返される事も覚悟していた。だから兄の心遣いが嬉しかったし、その器の大きさを改めて知った。兄が辺境伯としてしっかり務めているからこそ、帝国の安全と平和が保たれているのだ。  ……いつも他国に行く時は、物々しい警備に囲まれて。俺自身はただ光の車に乗って分反り返っているだけだったから。こんな風に、自分で手続きをして自分の足で国境をこえるのって新鮮だな…… ジルベルトは思うと同時に、ヘイデンの声が耳に再生された。  『君みたいのを典型的な「世間知らずの高枕」って言うんだろうね。今から1500年くらい前、東洋の「日本」という国が発祥の言葉らしいよ。そういう意味では、とお似合いのカップルだねぇ』  薄ら笑いを浮かべながら皮肉たっぷりに言っていた。怒りを通り越して軽蔑と諦めが入り混じった冷ややかな眼差しを向けて。  ……「世間知らずの高枕」か、言われて当然だったな…… ともすると自嘲に走って行く思考を振り切るようにして辺りを見渡す。  今、まさにシュペール帝国とアエラス王国の境目を徒歩でこえるところに差し掛かっている。各国の境目は、その国を守護する精霊が放つ魔力で防御と保護がされている。国をその魔力で丸ごと包み込んでいるイメージに近いだろうか。シュペール帝国は太陽のような光で包み込まれているが、国民たちにその光が眩しく感じないように魔法で細工されている。アエラス王国は無色透明の風で包み込まれている訳だが、風が国民に感じられる事がないようにされている為、何も見えない。  道幅はおよそ5mほどあり、連れ合いごとにかたまり2、3列になって歩いて行く。入国と出国、個人と団体で出入口と道がわけられている。今はさほど人はおらず、ジルベルトたちでほぼ貸し切り状態だ。アエラス王国に入るまでの道筋に等間隔に待機している警備兵たちに見守られて進んで行く。因みに、道は浄化と防御の力に優れ万人受けする黒水晶(モリオン)で出来ている。  光の壁と風の壁の境目を抜けて、光の扉が開く。入り口で三人分の入国許可証を見せ、許可を貰う。ついにアエラス王国へと足を踏み入れた。  爽やかな風が頬を撫でて行く。草原が広がり、観光用の魔道自動車……ガソリンや電気の代わりに魔力を糧に動く人と環境に優しいタクシーのようなもの……が数台止まっている。魔道バスも止まっていたり走り去ったりしているところから、どうやらロータリーになっているらしい。  「ここで待っていれば迎えが来るとの事でした」 ジョシュアの言葉に従い、邪魔にならぬよう入口から離れて待つ。  ……ヘイデン、呆れ返っているだろうな。それでも、会ってくれるのは有難い限りだ…… ジルベルトはしみじみと思った。ふと、思い付いた事をオスカーとジョシュアに伝えておこうと口を開く。 「ヘイデンが俺に何を言っても、お前たちは何もするなよ?」 「「仰せのままに」」 二人は同時にこたえ、軽く頭を下げた。  やがてロータリーに、黒水晶(モリオン)で出来た魔道自動車が一台やって来た。車は止まるなり、車窓がゆっくりと開く。身を乗り出したのは……見事なプラチナブロンドの髪を惜しげもなくサイドをツーブロックにカットし、トップを緩やかに波打たせた青年だった。ネイビーのスリーピースに身を包んでおり、アーモンド形の瞳は魅惑的なハシバミ色だ。例えて言うなら、「平成」後半から「令和」の時代の美形韓国俳優……と言ったところか。  そう、彼こそがヘイデン・マーク・クライスラーだった。彼はフン、と小さく鼻で笑うと。顎を上げて「乗れ」とジルベルト達を促す。ジョシュアが瞬時に彼の傍まで行き「ヘイデン様、わざわざ出迎えて頂き感謝申し上げます」とお礼を述べ、続いてオスカーが「失礼致します」とヘイデンに声をかけ、ジルベルトの為に両手で車のドアを開けた。「有難う、失礼」と言って後部座席に乗り込むジルベルトに、ヘイデンは冷たい視線を向けると一言、  「よう! 久しぶりだな? この」 と皮肉たっぷりに言い捨てた。
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