フィッツロレアード大公家②

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フィッツロレアード大公家②

 「ここも、だったか……」 ジルベルト扮するジャスティンは何度目かの溜息をついた。念の為、二人の周りには防音防御魔法が施されている。 「先ほどのところで、首都内メインの人材派遣紹介所は全て周りました。ここまで調べて何もお二人に対して何の情報も得られないとなると、様の個人的な伝手か他国の可能性が高まりますね」  キアラの名前を出す訳にいかないので、人前で呼んでも大丈夫なように「ヴィオラ」と仮名をつけた。ジルベルトが彼女の瞳の色からイメージして、紫色の花の名前に因んでつけたのだ。オスカーが扮するデューイは、手元のメモを見ながら言葉を続けた。 「……しかし陛……ジャスティン様、このような事をなさらずとも、私が全て調べてご報告致しますのに……」 「いや、良いんだ。今まで、頭のネジが緩むどころかぶっ飛んでいた自分を戒めて引き締め直すには、こうして地道に積み重ねる事がになる。兄上もおっしゃってたが、ごく一部ではあるとしても、国民の生の声が聞けたりするし。場合によってはまで知る事が出来るから一石二鳥ってやつさ」  ジルベルトは自嘲気味にそう話すと、不意に何かを懐かしむように唇が弧を描いた。 (この方は本来、キアラ様を始めとしたごく親しい人の前では、こういった穏やかで優しい笑みをなさる方だったのだ。いつの頃からか、何かに追い立てられるように余裕がなくなり、取り憑かれたように笑うようになった……そう、様との出会ってからだ。まるで魔が差したかのように……) オスカーは心の中で主君のこれまでを瞬時に思い描いた。 「まぁ全部、の受け売りなんだけどな」 当時の彼らが「国民の生の生活を目の当たりにする」という名目は嘘ではなかった。だが、ジルベルトは皇帝になる為の、キアラは皇后になる為の厳しい教育の息抜きも兼ねて……要は堂々とが出来る事も目的としていた。そんな二人を、周りは微笑ましく見守っていたものだ。 「お二人で扮装して、町に繰り出していましたね」 「あぁ、その度に護衛も変装をして……。町の物を食べる度に、毒見役が大活躍だったな。……今は、護衛も密偵も毒見も全てお前一人に。すまないな。ラウルには残って貰わないと色々な意味で怪しむ奴が出てくるからな」 「何をおっしゃいますのやら。この場合、表立った仕事は担当しない『影』を選ぶのは至極当然の選択です。宿に戻る頃には、お望みの情報が手に入っているかと」 「そうだな、にもディナーを買って行こう」  ジョーとはデューイやジャスティン同様、仮の名だ。本名はジョシュア・マークス。植物系の精霊人でオスカー同様、『暗部』担当だ。今回、ジルベルトが長期に渡り城を空ける事となった。『影武者』二人を始め周りの者たちのも完璧に演じて貰う為、ジルベルトは同行者を厳選した結果、「暗部」のオスカーとジョシュアの二人に決めた。表立って帯同するのはオスカー、影から護衛と密偵を行うのがジョシュアと決めた。その為、ジョシュアは特に変装の必要ななかった。  (アンジェ)に、計画の事を話した際、瞳を潤ませながらも気丈に「気を付けて行ってらしてね」と送り出してくれた。その姿に『もしや演じているのではなかろうか?』と一瞬感じてしまった自分に弱冠の後ろめたさを感じながら、城を後にしたのだった。心配しなくても、彼女を崇拝する者たちが大勢いるのだ。その者がしっかりと守ってくれるだろう。  『聖女様が皇后様となると、格別に優秀かつ信頼に足る側近が多数必要になりますから、が嵩み過ぎますねぇ。いやはや、何とも。かの「マリー・アントワネット」のようにならないと良いですがねぇ。まぁ、は色々と裏があって、も濃厚ですが、ねぇ?』  ……キアラなら少数精鋭の側近で足りるが、アンジェの場合、になる、と言う事を皮肉と嫌味たっぷりに忠告したのは、ヘイデン・マーク・クライスラーだったな。あの時、聖女(愛する人)を侮辱されれ逆上した俺と取っ組み合いの大喧嘩に発展して。それから、ヘイデンは俺の元を去ったんだったな。兄上も、表現は異なるが同じ意味の事を忠告していた、あの時、俺に聞く耳を持てるだけの冷静さがあったら、キアラは今も俺の隣に居ただろうか。いや、今更そんな事あまりにも虫が良すぎる妄想だ……  二人が宿に戻ったのは夕空に一番星が浮かぶ頃だった。テイクアウトしたディナーは、たっぷりとした温野菜サラダにキノコのソテー、ローストビーフのサンドウィッチだ。三人が揃ったら、魔法で温めて食べれば良い。通常、使用人と共に食事をする事は有り得ないが、今はにつき、無礼講だ。しきたりに構っている状況ではない。  ……外食の時ほど、健康のバランスを考えるようにと口を酸っぱくして教え込んだのはキアラだったな。侍従が考えてくれるだろうが、それに任せきりでは良くない、とな……  ジルベルトは窓辺から夕空を眺める。青空に薄紫色のベールがかかり、西に沈んでいく太陽のオレンジ色が濃くなってきた。続いて藍色の紗がかかり、鮮やかなオレンジ色が空に翼を広げていく。  ……あぁ、キアラ。お前の瞳のようだ……  夕空に、彼女の幻が浮かんでは消えた。    「失礼致します、にございます」 「入れ、ご苦労だったな」  天井あたりから聞こえたトロンボーンを思わせる声。ジルベルトの返事にやや遅れてふわりと舞うように姿を現して跪いたのは、黒の戦闘服に身を包んだ男だった。ジョシュア・マークス、艶のある深緑色の髪を持つが、本人は無頓着なようで後ろで無造作に束ねている。切れ長の瞳は落ち着いた土色で、怜悧な光を秘めていた。少し日焼けした肌は健康的で、精悍なタイプのハンサムな青年だった。  彼が今回、ジルベルトに命じられた任務は、シュペール帝国の誇る魔術化学、魔術科学、魔術医学など、全ての魔法が網羅研究・管理されている『魔塔』へ行き、「フィッツロレアード大公家」の秘匿された闇を調べて来る事だった。そこには、歴代の皇帝と魔塔の秘匿管理部、皇帝に命じられた暗部のみしか入室、資料の閲覧は許されない。皇后さえもその存在すら知らされない秘密の場所だ。そこには、帝国内の貴族・皇族たちの秘匿されて来た闇を知る事が出来る。それを利用して処罰などの対象には出来ない。あくまで、今回のジルベルトのように「個人的な理由で知る」為だけに利用出来、その事を秘密にするのは勿論、それを理由に何者も罰する事は出来ない。  入口の辺りに控え、夕空を眺めるジルベルトを見守っていたオスカーはジョシュアの話を聞く為に近づいた。 「……現フィッツロレアード大公家の秘された闇について申し上げます。ディスティニー・キアラ様は本来、双子でお生まれになる予定でした……」  息を呑むジルベルトとオスカー。真夜中の海の音のように、ジョシュアの声だけが響いて行く。  
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