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第三十八話 「切り札」参上?!
誰もが文字通り『うつけのように立ち尽くして』いた。ジェレミーは転がった状態だったが、さすがに唖然としている様子だ。だが、すぐに我に返り彼女の元へ駆けつける事が出来ない自分に歯噛みする。当のアンジェラインは……
「男共がこれだけ雁首揃えていて、全員役立たずとか有り得ないわっ! 早くあの女をつまみ出せって言ってるのよっ! そもそも死んだ筈の女なんだから!!」
相変わらず地団太を踏んで歯軋りし、髪を振り乱して金切り声をあげ続けている。
「早くっ! 何とかしなさいよっ!」
キアラとジルベルトは顔を見合わせた。
『……これでは埒があかないな。まずはあの狂女を正気に戻さないと。だが、自らの意思の元に行われないと意味がないから魔術の力は借りられない……』
『そうね。先ずはリブラに切っ掛けを創って貰いましょうか』
テレパシーで会話を交わす二人だが、当然仲間全員が共有しているので。
『え? わ、私ですか?』
自分の名前が出た事に焦るリブラ。
『そうよ、だってご指名じゃない。口説いたんだし』
『口説い……それは計画の内で……』
『ね、お願い。彼女の意識を現実に戻す切っ掛けさえ作ってくれたら良いから』
「騎士の誓い」を捧げた相手に、逆らえる筈もない。元より、彼の辞書にはキアラに絶対服従という文字しか無いのだが。
『すまないな。あと三分ほどでジェレミーの緊縛魔術も解けると思うから、そしたら奴がまた引っ掻き回してくれるだろうし』
ジルベルトが付け加えた。緊縛魔術が解けた際のジェレミーの動向に注意が必要な為だ。カマトト女の仮面が剥がれた今、ジェレミーがどのような行動に出るか不明だった。尤も、ジェレミーの魔術を無効化してしまえる事、全てを元康が見守っている時点で勝負は最初から決まっているようなものではあるが……何事にも『例外』は存在する上に、油断は禁物だ。
それに、敢えて口には出していないが、一つだけ不安要素があった。
リブラは覚悟を決めたように溜息をついた。ゆっくりとアンジェラインの元へ歩き出しながら口を開く。
「そんな事言われましても。私はただの戯れで口説いただけですし。本気にされたら私が困りますよ。何で私があなたの命令に従わなければならないんです? キアラ様は私の主ですよ?」
暗に『あんた頭オカシイだろう?』と匂わせて取り合えず話し掛けて見た。当然、通じるとは思っていないが。そもそも、彼女を口説いたのはあくまで計画の一環に過ぎない。アンジェラインは一瞬、誰の事を言われたのか理解出来なかったようだ。一瞬きょとんとした後、目を向く。ご自慢の一つ、最高級品質のエメラルドのようだった瞳は淀んで曇り、白目は血走っている。
「誰に向かってそんな口をきいているの?! まさかこの私を謀ったとか言うつもり?」
「……この私、ねぇ……。逆に聞きたい。その全く根拠の無い自信自信は何処から来るのだろうか?」
リブラのこの台詞は、仲間たち全ての心情を代表していた。ゆっくりとアンジェラインに近づいた彼は、彼女から三歩ほど前で立ち止まった。アンジェラインは少しだけたじろぐ。
「い、今まで思い通りに行かなかった事なんかなかったもの! それに、私の言う事を聞かなかった男は居なかったわ!!」
リブラは右手で額を覆って溜息をついた。心底呆れたのだ。だが、少しだけ現実に戻って来たようだ。ジルベルトはリブラに礼を述べるようにして右手を挙げた。
「……ほう、だから私もお前の思い通りになる、と言う訳か」
ジルベルトは皮肉たっぷりに切り出した。キアラを腕の中に閉じ込めたまま、冷たく言い放つジルベルト。アンジェラインはキアラに激しい殺意を覚えた。
「どうして悪女がそこに居るの? そこは私の場所よ?!」
右手で指を差す。
「指を差すなんてお行儀の悪いこと。あなたも私に散々見せつけて来た事じゃないの。私、申し上げましたわよね? 『人にした事はいつか何かの形で必ず自分に返って来る』って。こうも伝えた筈よ? 『奪った男は奪い返される危険性がある』ってね」
キアラは滾々と言い聞かせるようにして語った。憤怒の形相のアンジェライン。
「何度も言っただろう? 俺は冷酷な方のクズ男なんだよ。本来はキアラ意外の女なんかどうでも良いのさ。せっかくだから俺の必殺技を教えてやろう。『手の平返し』と『棚上げ』だ」
ふふん、と得意そうに言うジルベルトだったが、キアラは笑いを堪えた。
「煩いわよっ! そこは私の場所なんだからー! ジェレミーっ! 何とかしてよ!!!」
アンジェラインは喚き散らして地団太を踏んだ。
「元々私の男だったのよ? 奪い返しただけじゃないの」
「そうだぞ。こっちの方が真実の愛なんだから、お前こそ身を引くべきなんじゃないのか?」
「そうよ。なんて言っても私たちは真実の愛で結ばれているのですもの」
もはやコメディタッチとも言えそうな程軽妙なタッチで二人は会話をする。
「黙りなさいよっ!! あり得ないわよそんなのっ!!!」
怒鳴り過ぎて声が掠れるアンジェラインに被せるようにして、風が舞った。ジェレミーが庇うようにして彼女の前に立ち塞がる。漸く緊縛魔術が解けたのだ。
「待たせてごめんなアンジェ。今、何とかしてやるからな」
ジェレミーは優しく包み込むように抱きしめ、なだめる。
「早く何とかしてよ……」
アンジェラインは泣きじゃくった。
「おう! あんな状態の彼女を変わらず大切に出来るなんて! これぞまさに真実の愛だな! 俺なら百年の恋もいっぺんに冷めちまうが。まぁ、元々何とも思っていなかった訳だがな」
ジルベルトは大げさに感心して見せた。
「ホントね、素晴らしいわ。無償の愛ってやつね」
キアラも棒読みで追従する。その時、ジルバルトはゾクリと殺気に近い違和感を覚え、キアラを守るようにしてその腕に力を込めた。アーサーとリブラも同じような違和感を覚え、彼らの傍へと瞬間移動で集結する。
「ふっふっふっ。切り札参上、形勢逆転だな。僕の魔術を全て封じたとしても、彼の場合は一応は味方だからそうはいかないだろう? 結界も入って来れるしな」
ジェレミーは勝ち誇ったようにしてジルベルトとキアラを見据えた。ジェレミーの後方に突如として姿を現したのは……
「……アンジェラインのアンジェラインによるアンジェラインの為の理想郷を……」
虚ろな眼差しで虚空を見上げ、ぶつぶつと呪文のようにジェレミー仕込みのアファーメーションを唱えるエヴァンだった。

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