上野さん

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「け、警察を呼んでください!」 その日、上野はまたしても伝説を残すこととなった。 時刻は昼過ぎ。 彼は貴重な昼休憩を使って、上司のお使いに出ていた。 もちろん進んで引き受けたわけではない。 「あああ…俺の完璧な計画が…!」 本日12時。 上野は、大切なゲームイベントを控えていた。 当然仕事は抜かりなく片付け、急速チャージを口に入れた瞬間…悪魔が囁いた。 「上野くぅーん、君ちょーっと銀行へ行ってくれないかね。 なーに、簡単な業務だよ。」 憎き上司、斎藤である。 じゃあ、お前が行けよ! なんて…言えるはずもなく、上野は後ろ髪引かれる思いで会社を出た。 「くっそ…ガチャが。ああ、この日の為にどれだけ費やした…」 上野は呪詛のように後悔の念を垂れ流し、そして同時に斎藤を呪った。 「なんで俺ばっかり…」 いや、原因は分かっている。 あれは斎藤が着任したばかりの頃、社内で行われた些細な歓迎会でのことだった。 元来内気な性格の上野は、1人所在無げに酒をチビチビやっていた。 そこに気を利かせた斎藤が話しかけ、事件は幕を開けた。 後に語り継がれる、“それ本体ですか事件”である。 斎藤は禿げていた。 そして、まだ己の現実を受け入れるには時間を要していた。 その為、彼は相棒をその頭部に装着していたのだが…その日は、妙に蒸し暑い日だった。 只でさえ相棒のコンディションは最悪。 そこに拍車をかけるは歓迎会。 斎藤は、ハイテンションで社内を動き回ってしまったのである。 その結果、見る見るうちに相棒はずり下がり、社内の視線を一身に浴びることとなった。 社員達は動揺した。 瞬時に飛び交う無言の押し付け合い、耐えきれず離脱する社員達。 そして…運命の瞬間を迎えたのである。 「あ、それが本体ですか?」 …それ以来、何かと用事を押し付けられる日々が始まった。 まぁ、上野も酔っていたとは言え、悪いことをした自覚はある。 だからこうやって銀行へも向かっている訳なのだが。 「しゃーない、とっとと終わらすか。」 ため息交じりの独り言を呟き、上野は銀行の扉をくぐった。 そして現在。 上野は縄で縛られ、床に転がされていた。 時は遡ること10分前。 整理券を握りしめた上野は、イライラと長椅子に腰かけていた。 受付人数は2人。 たった2人…のはずが、一向に対応している気配がない。 「はぁ?もうなんだよ。職務怠慢かよ。」 上野はイライラと貧乏ゆすりを繰り返し、スマホへと視線を落とした。 とその時、視界の端で誰かが立ち上がる気配がした。 勇気ある人が事情を確認しに行ってくれたらしい! 上野はこれ幸いと、しれっと身体の位置を調整し聞き耳を立てる。 「…が、…で…か?」 どうやら、勇気ある彼は絶妙なボソボソ加減で喋る人だったらしい。 上野は小さく舌打ちすると、若干腰を浮かせ全意識を耳に集中させた。 「…で、いかがでしょう?」 苦労の甲斐あってか、薄らと聞き取れはしたものの肝心なところが抜け落ちている。 何がだ!何がどうなんだ!? 焦れた上野は、とうとう顔を上げた。 その瞬間、彼は目出し帽の人間と目があった。 「は…?」 「お忙しい中、誠に申し訳ございません。只今より、皆様は我々の管理下となります。速やかにご移動を願います。」
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