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「冷水をどうぞ。風呂上がりの一杯は気持ちいいぞ」
い草の座布団に座って、座卓に置かれたグラスを手に取った。テーブルの下は掘りごたつなので、正座をしなくてもいいのは助かる。キンキンに冷えた冷水はわずかにレモンの香りがした。すっきりと爽やかで美味しい。ここの飲食物は何もかも最高なのかもしれない。
朝食の開始時間が迫り、他の客が休憩所を出て行った。二人きりになったところで、龍牙が怜央の隣に腰を下ろした。
「おはよう。よく眠れたみたいだな」
「お、おはようございます。おかげさまで」
目を合わせられず視線を逸らした。朝から彼の裸を見たい欲望に駆られていたせいで、後ろめたい。
「ところで怜央、背中がちょっと痛いだろ」
「え?」
言い当てられ、なぜわかったんだろうと顔を上げると、龍牙の大きな手が怜央の背中に軽く触れた。
「ちょっと、やばいのが憑いてるからな」
「えっ!?」
大きな声が出る。
今、憑いてるって言った? まさか龍牙さんも悪霊が視えるのか?
瞠目して固まる怜央をよそに、龍牙はにこやかに笑んだ。
「怜央と同じように、いや、それ以上に、俺には悪霊を視る力がある。祓う力もな」
「マ、マジですか?」
「きのう、バルで女性の背中から悪霊を手で払いのけただろ」
「は、はい」
糸くずを取ったと嘘をついて悪霊を手で払った。動物霊だった。
「あの悪霊が今、怜央の背中に憑いてるんだ。今ここで祓ってやるけど、その前に軽く説教するぞ。前に言ったよな? むやみに手で払うなと」
「それって……」
子どもの頃、祖母が連れて来た霊媒師が言った言葉だ。
「人助けのつもりだろうけど、自分が取り憑かれることもあるんだ。手で払うのはやめろ」
厳しい口調で諭された怜央の脳裏に、小学校三年生当時の記憶が一気に蘇った。
思わず「ああぁぁっ!」と大声で叫ぶ。
悪霊に取り憑かれて倒れた怜央を助けてくれた、若い青年の霊媒師。
「あれは……龍牙さんだったんですか!?」
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