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困惑した心持ちで車を降り、ツアー最後の名所『飛龍の滝』へ向かう。
『飛龍の滝』は龍が空に昇っているように見えるという迫力のある滝だ。車を降りた一行は、滝壺へ向かうため整備された遊歩道を歩いた。
遊歩道の脇には仁淀川の支流が流れており、せせらぎが耳に心地いい。川は太陽の光を反射して、翡翠色にキラキラと輝いていた。川底の石がはっきり見えるほど透明度が高い。客が口々に「わあ、綺麗!」と歓声を上げた。
「川の水は仁淀ブルーと呼ばれています。空と森の色を映し出した、エメラルドグリーンに近い青です。綺麗でしょ?」
先頭を歩く龍牙がにこやかに説明すると、皆が頷いた。
仁淀川はその昔、神様に捧げる酒を醸造していた。安居渓谷は神々が住む神聖な場所だったと教えられ、怜央も感心しつつ、最後尾から倉田と奈菜の写真を撮る。
倉田が奈菜に「なぁ、川の水に触ってみよう」と言って腕を引いた。宝石のように美しい水に触れてみたいのだろう。二人が遊歩道を外れて河原へ降りようとしたとき、龍牙が「河原は歩きづらいです。転倒する危険がありますので、遊歩道を外れないでくださいね」と声をかけた。
二人は「はーい」と返事をして一旦は河原へ降りるのを断念したが、一行が歩き出したところを見計らってこっそり河原へ。下流域と違い、上流域の河原は大小の石が折り重なっており、かなり歩きづらい。ヒールの高いサンダルを履いている奈菜は、河原の上で今にも転びそうだ。弱気になって「やっぱりやめない?」と言う彼女の手を、倉田が強引に引く。
「大丈夫だって」
おいおい、ほんとに大丈夫かよ、と怜央が心配していると、案の定、足を滑らせた奈菜が転倒してバシャンと川へ落下、キャーッと叫んだ。水深は浅いので溺れる心配はないけれど、スカートがびしょ濡れである。
「あははっ、何やってんだよ、まぬけだなぁ」
呆れたようにゲラゲラと笑う倉田を、奈菜が怒り顔で睨み、バシャッと手で水を叩く。
「だからやめようって言ったのに! 笑ってないで手を引いて起こしてよ!」
「わかったよ。……わっ、この岩、苔で滑る。なあ奈菜、一人で立てねえの?」
倉田も転びそうになりふらついている。見かねた怜央が駆け寄ろうとしたとき、走ってきた龍牙が奈菜の手を取って彼女を川から引き上げた。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。あっ、痛っ」
足元がおぼつかない。
「くじいたのかもしれませんね。すぐに旅館へ戻りましょう」
龍牙は奈菜を軽々と横抱きにして振り返り「みなさん、すみませんがツアーは中止にさせてください」と言った。
みんな、少し残念そうにしつつも「仕方ないね」と同意、来た道を引き返し始める。倉田が「お、おい、奈菜は俺が運ぶよ」と弱々しい声を発したが、龍牙は構わず奈菜を抱えて早足で遊歩道へ戻った。
お姫様抱っこをされた奈菜は龍牙に見とれている。彼の首に腕を回し、ふわりと頬を赤らめた。
あ、今あの子、龍牙さんをちょっと好きになったかも。
怜央の胸に嫌な不安が広がる。
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