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 旅館へ戻って調べたところ、奈菜の怪我は軽い打ち身だった。ホッとした倉田と杏奈は客室へ戻り、そのまま出てこなくなったため、怜央も部屋に戻って報告書を書き、先輩宛てに写真を添えてメールした。二人が手を繋いでイチャついている動画のデータも送る。  ほどなくして先輩から『十分な調査結果だ。早速依頼人に連絡する』と返信があり安堵した。明日、東京へ戻るまでは倉田の動向を引き続き調査するつもりだが、ひとまず仕事を果たせてよかった。  夕食まで時間がある。怜央は旅館から徒歩十分ほどの場所にある、祖母の家へ向かった。祖母の家は、今は空き家になっている。木造の一軒家の隣にはこぢんまりとした畑があり、祖母は亡くなる直前まで野菜を育て『旅亭・雨ノ森』へ納品していた。祖母は旅館と専属契約をしていたのだ。  祖母が作る無農薬野菜は旅館で出される料理に使われ、大勢の客を喜ばせていた。  すっかり荒れた畑を横目に、奥の墓地へ足を踏み入れ、先祖代々の墓に手を合わせる。 「キヨ婆ちゃん、来たよ」  怜央は墓に向かって話しかけた。返事はなくても、鳥や虫の鳴き声だけが聞こえる静かなこの場所は、祖母を思い出せて心が安らぐ。 「あのさ、俺、婆ちゃんが連れて来てくれた霊媒師さんにまた会えたんだ。なんと旅館の副社長だったよ。婆ちゃんは知ってたよね。俺はきのう初めて知って、それで……」  また、好きになりそうなんだ。  と言ったら、やっぱり祖母は『好きなら、告白してごらん』と言うのだろうか。せめて自分が奈菜のように綺麗な女性だったらと思う。女性なら、告白くらいはしたかもしれない。 「俺じゃ、無理だよ……」  諦め顔で小さく笑み、怜央は振り返って荒れた畑を眺めた。  祖母が大事にしていた畑が雑草だらけなのは悲しい。跡継ぎがいない畑は荒れる一方である。  畑仕事の手伝い、楽しかったな……。  昔は畑一杯にナスやキュウリ、ピーマンが実っていた。祖母は無農薬で美味しい野菜を育てる名人で、怜央は手伝いをしながら野菜の育て方を教わった。  このまま畑を放置するのがいいことなのか、怜央にはわからない。ただ、無性に寂しい。  俺がこの畑を継げばいいのかな? でも農業の知識なんてろくにない俺が、食べていけるだけの畑仕事をやれるのか? 普通に考えて無理だろ。せめてキヨ婆ちゃんからもっと畑仕事について教えてもらっていれば……。  旅館に戻って風呂に入り、浴衣に着替える。  その後、館内の料亭で一人、懐石料理を食べた。一人で食べる懐石料理は、美味しいはずなのに味気なかった。きのうの夜があまりにも幸せ過ぎたのだ。  龍牙さん、今忙しいだろうな……。  明日、東京へ帰るので、今夜を逃せばもう彼と話をする機会はないだろう。昼間は気まずくて避けてしまったけれど、このまま別れるのは寂しい。できればまた、きのうの夜のように話をしてみたい。でも忙しい彼に連絡をするのは気が引ける。  溜息を零したとき、スマホに龍牙からメッセージが届いた。 『食事が終わったら、旅館の裏庭に来られる? 怜央に会いたい』
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