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「おや、怜央君はいける口だね? どうだい、これから一緒に一杯」
父親がクイッとお猪口で酒を飲む振りをした。
歓迎されているようで嬉しいけれど、なんで歓迎されてんだ? 噂通りって何? と狼狽えてしまう。
「二人とも、怜央が困ってるだろ」
龍牙が笑顔で父母を制し、怜央に向き直った。
「俺の家族は他に、妹夫婦がいる。グループ内のホテルで働いてて、子どもは五歳と三歳の兄弟がいるんだ。妹の家族はまたいずれ紹介するけど、怜央のことを話したら大歓迎だと言っていたぞ」
「は、はあ、どうも」
だからなぜ歓迎?
「というわけで家族の紹介は終わりだ」
龍牙が怜央の肩を抱き、父母に向かって「じゃ、俺達はこれで」と言い、本宅の引き戸を閉めた。戸の向こうから「怜央君と飲みたかったのになぁ」「若い二人だけにしてあげなきゃ」という父母の嬉しそうな声が聞こえる。
「あ、あの、龍牙さん?」
「家族のことは気にしなくていいぞ。ほら、あれが俺の家」
角を曲がったところで龍牙が前方を指差す。そこには本宅よりやや小ぶりだが、それでも十分に大きくて立派な二階建ての日本家屋があった。
「あの家に住んでるんですか? 一人で?」
驚きのあまり口が半開きになる。
「そうだよ。庭先から河原に降りられるんだ。ついておいで」
龍牙の後について彼の自宅の門をくぐり、松や芝生が植えられた日本庭園を抜けて石造りの階段を降りていくと、河原に辿りついた。
河原の一角に木製のベンチとテーブルがあり、テーブルの上にはレトロな屋外用のランプが置かれている。ロマンチックな灯りの中に、ガラスの徳利とお猪口が見えた。
夜の闇に包まれた河原は少し怖いけれど、ランプのおかげでその周辺だけはホッとするような安心感があった。川のせせらぎが涼しげで心地いい。
「ここで怜央と一緒に酒を飲みたいと思って用意したんだ。こっちに来て、座ってごらん」
「は、はい」
言われるままベンチに腰かけると、龍牙も隣に腰を下ろした。お猪口を渡され、よく冷えた酒を注いでもらう。
「この酒はうまいぞ。飲んでみろ」
怜央は頷き、ゆっくりと酒を口に含んだ。
「あ……ちょっと甘い」
きのうバルで飲んだ酒とは違う、リンゴを思わせるフルーティで爽やかな日本酒だ。ほのかな甘みが口中に広がり、切れのいい苦みと一緒に舌を転がっていく。穏やかな香りが鼻腔に抜け、なんとも飲みやすい。お猪口一杯など、あっという間に飲み干した。
「美味しい……! めちゃくちゃ美味しいですね!」
「これも土佐の地酒だよ。特別なまじないをかけてある、スペシャルな酒だ」
「まじない? 美味しくするための?」
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