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「いや、これを飲めば悪霊が()きづらくなる。そういうまじないだ」  龍牙が怜央の手からお猪口を受け取り、テーブルに置いた。ランプの灯りの中で彼が穏やかに微笑む。 「怜央は優しいからな。これからも悪霊に憑かれた人を時々助けると思う。だから怜央に悪霊が憑かないように、まじないをかけた酒を用意した。これを数日に一度、お猪口一杯だけ飲めば悪霊が憑きづらくなる。完全に防ぐことはできないが、今までより随分マシになるはずだ。この酒を怜央の家に送ってやるよ」 「龍牙さん……」  霊媒師としての、どこまでも優しい心づかいに胸を打たれた。こんなことをされたら、本気で好きになってしまいそうで戸惑う。  怜央はしっかりと頭を下げた。 「ありがとうございます。本当に、感謝しています」  龍牙が目を細め、怜央の頭を軽く撫でる。 「飲みやすいからって一度に飲み過ぎるなよ。足りなくなったら連絡してこい。新しい酒を送ってやる」 「あの……なんでそこまでしてくれるんですか? あ、キヨ婆ちゃんに何か恩があるとか?」  祖母の孫だから特別に優しくしてくれるのだろうか。 「キヨさんには世話になったし、今もすごく感謝しているが、それだけじゃない。少し俺の話をしていいか?」  頷くと、龍牙が夜空を仰いだ。 「さっき親父が怜央の顔を見て、いける口だねと言っただろ? あれは天狗の力だ。顔を見た相手が飲める酒量、好む酒を判別できる。天狗ってのはギャグじゃない。本当のことだ」 「な、何を言って」 「安居渓谷はその昔、神々が住む山だった。神は人間との間に子どもをもうけ、その子孫が代々山を支配した。やがて彼らは天狗と呼ばれるようになった。雨森家は天狗の力を引き継いだ一族なんだ。俺達は正体を隠してこの地でひっそりと暮らしている。もっとも、渓谷に住む親しい知人は知っているがな」 「へ……?」  一体何の冗談を言っているのだろう。しかし龍牙は真顔である。 「天狗は悪霊を祓えるほどの、強い妖力を持っている。だが天狗の妖力は代替わりするたびに薄れていき、今はほとんどの妖力を失いつつあるんだ。だけど俺は隔世遺伝なのかわからないが、家族の中で唯一、強い妖力を持っている。だから霊媒師の仕事は俺しかやっていない」 「……」 「天狗の妖力と生命力は、この土地から供給されていてね。だから俺は、この土地を離れて生きられない。俺は安居渓谷を離れたら息ができなくなる。一週間程度ならなんとか生きられるが、それ以上は無理だろう。窒息死すると思う。というわけで他県への進学は諦めたし、長期出張もできない。不便な体なんだ」  完全にわけがわからない。わからないなりに「他の家族は安居渓谷を離れられるんですか?」と尋ねると「そうなんだよ! 不公平だよな」と拗ねた口調で返された。
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