550人が本棚に入れています
本棚に追加
「でも貴重な一週間を使って、海外旅行へ行ったりするぞ。フランスでワインを飲み明かしたり、ドイツで地元の人とビールを飲み比べたり。制約はあるけど楽しんでるよ」
「の、飲み歩いてますね」
「天狗は日本中にいる。山陰にもいるし、東北や九州にもいる。俺は四国の高知で地酒を愛する、天狗なんだ」
怜央はどう反応していいのかわからない。
「じゃあ、龍牙さんは人間じゃないってことですか?」
「そうだ。冗談だと思ってるだろ?」
「そりゃまあ。だって、どこから見ても普通の人間だし」
着流し姿の彼をまじまじと眺めたが、モデルのような体躯だなと惚れ惚れするだけ。霊媒師としての力はすごいと思うけれど、人間じゃないなんて信じられない。
「基本的には普通の人間だよ。天狗モードのときは、ちょっと派手になるかな。髪が伸びて色が変わる」
言われてハッとした。
確かに、怜央が9歳のときに会った龍牙は白金色の長髪だった。爪も長く、金色だった。
「天狗モードになるときは、霊媒師の仕事をするときが多いんだ」
「で、でも、今朝は普通でしたよね?」
霊媒師として除霊をしたが、龍牙の姿は今のままだった。
「突然天狗モードに変身したら怜央がびっくりするだろ? びびって萎んだら、出るものが出ない」
龍牙の視線が怜央の股間に落ちる。怜央は手淫を思い出して、かあっと顔を赤らめた。思わず股間を手で隠す。
「つ、つまり、外見は自分でコントロールできると」
「そういうことだ。ただ、強い妖力を使うときは必ず天狗モードになる。とまあ、これが俺の話なんだけど……正直、どう思った?」
興味深そうに顔を覗き込まれ、怜央は戸惑って視線を彷徨わせた。
「どうって……。ファンタジー過ぎて理解が追いつかないっす」
「そうか。仕方ないよな」
龍牙はさっぱりと笑んだ。すんなり理解されるはずがないと思っていたのだろう。
「すみません……」
「いや、いいんだ。……さて、そろそろ」
そう言って彼が、ランプを操作して灯りを消す。
途端に、辺りが暗闇に包まれた。都会と違って山奥の夜は闇が濃い。自分の手元さえも見えなくなり、川のせせらぎがやけに大きく聞こえ始めた。急激に怖くなる。
「龍牙さん? 暗くて何も見えないんですけど」
「目が慣れてきたら見えるよ。ほら」
最初のコメントを投稿しよう!