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「俺……探偵してるって言いましたっけ」
「キヨさんの葬式の後、泣きながら言ってたぞ。探偵なんかやめてさっさと山に移住すればよかったって」
「うわぁ、あのときか!」
頭を抱えて茶髪をぐしゃぐしゃと掻き乱した。
祖父が亡くなってから、祖母は田舎の一軒家で一人暮らしとなった。息子や娘が大きな町で一緒に暮らそうと何度も誘ったけれど、一人で自由に畑仕事をしながら生きたいと言って、頑なに断った。
健康だったし、近所の人との交流も多かったため、祖母は20年以上一人暮らしを満喫した。
それでも怜央は祖母が心配で、思いきって仁淀川町へ移住し、祖母の日常生活を助ける介助をしたいと思っていた。その矢先に祖母が他界。たまたま泊まりに来ていた息子家族と宴会を楽しんだ夜、笑顔でおやすみと言った後、就寝中に亡くなった。
病気で苦しむことなく、94歳の大往生。突然の別れは寂しかったけれど、親族は皆、いい最期だったと言い合った。
そんなわけで葬式は和やかに執り行われたのだが、怜央だけは涙を止められなかった。移住まで考えていたのに実行できず、祖母を看取れなかった悔いがあった。大好きな祖母に二度と会えない寂しさも募った。
両親にも理解してもらえない悪霊について、唯一理解してくれたキヨ婆ちゃん。
──怜央は特別な目を持っちゅう。婆ちゃんにはわかるで。
幼い頃、慰めではなく本気でそう言ってもらえて、どれだけ救われたことか。怜央は特別な目を持っているから、悪霊が視えるのだと祖母は言ってくれた。他の人には視えない悪霊を、怜央は視ることができる。
葬式の後に振る舞われた酒を飲み過ぎ、軽く酔いが回った怜央は畑の隅で号泣。寄り添ってくれた龍牙の胸の中で「探偵なんかやめてさっさと山に……」と口走ったのだ。
自分の職業を簡単には明かさないというポリシーを守れず、我ながら情けない。
「探偵か。おもしろい仕事をしてるんだな」
龍牙が怜央の前に小さなざると、木製のスプーンを置いた。真っ白な豆腐がこんもりと盛られた、ざる豆腐だ。
「おもしろそうだと思うかもしれませんけど、実際は不倫調査と迷子のペット探しばかりなんですよ。うちの事務所は二人だけの弱小ですから、大きな依頼なんて入ってこなくて」
「へえ、ここへも仕事で?」
安くはない旅館に一人で泊まる20代前半の男など、滅多にいないだろう。龍牙に知られたところで仕事に支障が出るとは思えないので「あー、まあ……そうです」と答え「できれば内密にお願いします」とつけ足した。万が一、調査対象の男に探偵だと知られたら厄介だ。
「最初はキヨさんの墓参りのためかと思ったけど、やっぱり仕事か。安心しろ。誰にも言わないよ」
「ありがとうございます」
龍牙なら秘密にしてくれると、なんとなく信じられる気がした。怜央が泣きやむまでずっと、優しく抱きしめてくれたからかもしれない。
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