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彼の夢は知ってる。私が幸せになる事だ。もうその願いは叶おうとしている。
あの人は画家として称賛されるという夢があった。それは努力の他に才能が必要だった。あの人は努力を惜しまない人だったけど才能だけはどうにもならなかった。
十年頑張って、やっと夢が叶いそうだった。あの人が描いた絵を高く評価して、スポンサーになりたいと名乗り出たのは海外の投資家だった。活動拠点をこちらにできるなら資金援助をすると言った。
あの人は迷っていた、仕事が上手くいって昇進したばかりの私に一緒に来てくれと言うかどうか。だから嘘をついた。
「とっくに愛想尽きてるから一人で行って」
あの人は絶望した後、なんとか持ち直して一人で頑張るよと最後の連絡をくれた。その日から毎晩夢を見る。彼が夢に向かってひた走る姿。それは私が望んだ事、願った夢。毎日最高の気分で目が覚める。
私が付いた嘘。「とっくに愛想尽きてる」のは、私じゃない。愛想尽かして、心が寄り添っていなかったのは彼の方だ。私を恋人としてなんて見てなかった。都合がいい時だけ都合がいいように利用するだけ。
生活が荒れれば栄養満点の料理を作り、睡眠不足になれば彼を無理やり寝かしつけ。私がいたから彼はかろうじて健康な生活をしていた。止めなければカフェイン飲料を一日5本も飲むような、毎日2時間睡眠をするような、昼夜逆転して太陽の光をまったく浴びないような、一日一食でジャンクフードしか食べないような生活を平気で続ける。
ピザを野菜だと言い張るあの国で、健康的な生活なんてできるわけがない。今の時点で肝臓と腎臓の数値が異常で至急精密検査と入院が必要、という診断結果なんだから。……教えてないけど。
たぶん彼は幸せの絶頂だ。好きな事を好きなだけできて好きに金を使える。私から別れ話を言わせたことで自分には非はないと堂々としていられる。私の幸せを願う、なんて変に酔いしれて感傷に浸っているだろう、さながら悲劇のヒーローのように。彼が愛しているのは自分の作品と自分自身だけだ。
スポンサーは私が雇った偽物。金を払うか払わないか、ぎりぎりの飼い殺しをするように頼んである。
だって、彼の体はもってあと五年くらい。この一年でどれだけ有名になるか、システムエンジニアである私の腕の見せ所だ。SNSで大いに盛り上げておかないと。他のハッカーにも依頼をしておこう。
彼の人生を幸せにすることが私の夢。
だって、幸せからの転落が一番地獄を味わう。
彼が自分は評価されたと思い込んでる時に。
体を壊して描きたくても描けない、最悪な最後を迎えられるように。
実は人気なんてなくて一斉に手のひら返しをされる。
それは彼のすべてを知り尽くしている私にしかできない事だ。
彼の人生を最高のタイミングで不幸にする事。
それすらも 夢だった。
END
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