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現代人は自分で思っているほど多くを知らない。
わたしは言葉を失う。ジャック・ザ・リッパ—の時と同じだ。
娼婦が八つ裂きにされるまで、わたしたちは気が付かなかった。
健康と安寧を約束された身でありながら、考えることを、知ることを放棄し、見捨ててきた。
居場所を失くし、野良犬のように街を彷徨う子供たち。
生活苦からわずかな金欲しさのために、身を落とす妻。
汚水や泥砂の中をかき回し続ける行商人。
繁栄と飽食の裏側で、ゴミのように扱われ、打ち捨てられた者たちの魂の叫び。
イギリスは欲張りすぎて、必要以上に大きくなりすぎた。
中東、インド、アフリカ。西側にも東側にも属さない国々を片っ端から、取り込み、数えきれないほどの家畜を量産し、豊かさと発展をほしいままにしてきた。
この国は馬鹿みたいに強くて、鈍感だ。
どうしようもないレベルの不感症に支配されている。だから、世界経済の頂点に立つことができた。
けれど、永遠に続くものなどこの世には存在しない。いつか、終わりがやってくる。ロシアもスペインも清もそうだった。どんなに優れた仕組みや枠組みを構築していたとしても、無造作に刻まれていく時の概念を前にすれば、脆弱性は露呈し、民衆は疑問を抱き、やがて体制は内部から崩壊する。
この国はもう、限界だ。帝国の力は少しづつではあるが着実に弱まってきている。
切り裂きジャックが開けた小さな穴。そこから、広がっていった波紋。
皮肉なものだ。
社会に押しつぶされてきた命たち。
これまで見下し、無視し、どぶに捨ててきた弱者たちの魂がいま、何者にも屈しなかったこの大英帝国を蝕みつつある。
特徴的な薔薇模様を皮膚に刻むことで知られる性感染症のように。
じわりじわりと。
この国はいま、梅毒に犯されている。
貧困と無知という名の梅毒に。
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