From hell, with love

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”切り裂きジャック”の存在はロンドンを越え、今や世界中に広く知れ渡っている。 ゴシップ本位のスター紙に掲載されたキャッチーなニックネーム。 ”未逮捕の姿なき殺人者”といういかにも大衆受けしそうな肩書き。 根拠のない噂。 不安と憶測、社会に対する何らかの鬱憤を抱えた民衆とゴシップ紙が娼婦の血にまみれた連続殺人犯(シリアルキラー)を恐怖の英雄に仕立て上げた。 人々は伝説が好きだ。それが悪魔であれ、何であれ、退屈な日常にリアルな刺激を与えてくれるなら乗らない手はない。 『人殺しだ! ホワイトチャペルの殺人鬼だ! 』 『ロンドン警視庁(ヤード)もシティ警察もお手上げだとさ。 無能どもめ』 『奴は幽霊だよ。 だって影がないんだから』 『特ダネだ! また梅毒(かさ)持ちの娼婦がやられたぞ』 女性たちの無惨な死も、他人にとってはサディスティックな欲望を満たすための恰好の娯楽でしかない。その日暮らしの庶民とは違い、一般大衆は退屈していたのだ。 新鮮な生の恐怖に、刺激に、飢えていたのだ。
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