『天秤』

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『天秤』

結婚式。それは老若男女誰しもが笑顔に包まれるイベントだ。だが、一人だけ笑っていない人物がいた。その人物とは三国翔太。そう、俺だった。緊張していないと言えば嘘になるが、緊張しているからと言うレベルではないほど表情を崩さなかった。本来大人なら来てくれた人達の為にも愛想笑いの一つでも振り撒くのが礼儀なのだろうが、それすらもできなかった。俺はまるで能面の様に無表情を崩す事なく、二時間弱の結婚式を終えた。もうすでに後日出来上がる式の写真を見るのが嫌になっている。式が終わり控え室に通されると妻の彩が言った。 「なんで終始あんな顔してたの?せっかくの結婚式なのに意味が分からない…」 意味が分からない?君が結婚式を挙げたいって言うから多額の費用を苦労して捻出して挙げたんじゃないか。たかだか二時間の式典に500万近く支払ったんだぞ?世の中には結婚式を挙げないで、貯蓄に回す夫婦もいる。別に必ずしも挙げないといけない訳じゃない。でも俺は妻の女性としての気持ちを汲んで不本意ながらもしぶしぶ式を挙げる事にした。なのにまだここまで詰め寄られるのか。そこは多少の不満があれど、まずは「ありがとう」じゃないのか? 「あんな顔ってどんな顔?」と俺はしらを切ったが、この瞬間に俺の中の何かが、スーっと冷めていったのが分かった。別に俺は自分が正しくて妻が間違っているなんて思っていない。価値観は人それぞれだからそこはお互い様だと思っている。でもこれから先何十年と夫婦としてやっていくならば、ある程度価値観を擦り合わせておかないといけない。だけど俺達は価値観の中でも大切な金銭面での価値観が合わなかった。もうすでに俺の頭の中では離婚のストーリーが出来上がってしまっていた。 「早く着替えなきゃ二次会に遅れるよ」 「俺はいいや。このまま真っ直ぐ帰るから彩だけ行っておいで」 「は?何言ってんの?二人の結婚式の二次会だよ?そんなのおかしいよ。普通二人で行くでしょ」 状況からして俺が間違っているのは分かっていたが、彩の言い方にイラッとした。 「普通って?行きたくないのに嫌々参加するのが普通なの?また終始無表情だろうけどそれでも良いなら参加するよ。嫌々だけどね」 僕の言葉に彩は心底呆れ果てた様で「じゃあ好きにすれば?」とそそくさと着替えを始めた。 「じゃあ好きにさせてもらう」俺もそう言うと着替えを済ませて、彩を置いて控え室を後にした。 外に出ると俺達の式を担当したプランナーが待ち構えており、「本日は本当におめでとうございます!」と声を掛けて来た。さっさと家路につきたかった僕は「どうも」とだけ返事し、一人式場を出ようとした。するとプランナーが慌てて「あのっ、奥様は?」と言ってきたので「さぁ?二次会に行くとは行ってましたけど…」とだけ言った。それを聞いたプランナーは一瞬驚いた顔をしたが、察したのか「左様でございますか、ではお気をつけてお帰り下さいませ」と深々と頭を下げて見送ってくれた。 新郎も普通は二次会行くだろっていう心の声が漏れ漏れだったが、俺も「色々とお世話になりました」と頭を下げて式場を後にした。 少し歩いて振り向くと、後ろには先ほど挙式を挙げた式場がたたずんでいた。お世辞にも大きいとは言えない式場だった為、作りも特段インパクトはなく、離れて見るとあっという間に周囲の建物と同化した。あの式場の一部屋を使って二時間の式を挙げただけで500万か。あほらしくなるので考えない様にしていたが、しばらく頭からそれが離れなかった。祝儀で多少はカバーできても身銭は切らないといけない。結婚式を挙げる事で収支がプラスになるなら何も言わなかったが、マイナスになると分かっていたら腹立たしくなる。まぁ、もう済んだ話だからウジウジ考えても仕方ないのだが。しかし結局俺はネチネチお金の事を自然に考えながら歩みを進めた。市内の式場だったので僕が歩いているここは観光地となっている。そして次々と外国人観光客が僕の隣を通り過ぎていく。近くの喫煙所へと立ち寄り、しばらくの間目の前を通り過ぎる外国人を眺めていた。 (先進国に来ているこの人達の旅費もせいぜい数十万で済むんだろうなぁ…) 俺はポケットから煙草を取り出し、煙を吹かしながらまた結婚式費用の事を考えた。彩の事だから恐らくこれから新婚旅行の提案もしてくるはずだ。「新婚旅行へ行くのが普通だ。皆行ってる」とか言って。想像するだけで胃が痛くなった。別にお金に余裕があれば行ったら良い。でも俺はまだ二十六だ。そこそこ名の通った不動産会社に勤めているが、まだ社歴の浅い俺は大手企業へ勤める恩恵をそれほど受けていない。だから給料も人並みだし、大した事はない。彩も俺より一歳年下でバリバリ働いてはいるが、そんなに余裕のある生活ができている訳ではない。共働きで何とか毎月の収支がとんとんになる程度だ。そんな状態にも関わらず生活を切り詰めて、我慢を積み重ねて貯金した金が今日の二時間弱の式で埃の様に吹き飛んだ。そりゃあ愚痴の一つや二つ言いたくもなる。それを職場の既婚者の同僚に言うと、同僚は「結婚したらどこもそんなもん。別に幸せだから良いじゃん」という肯定派と「結婚は人生の墓場」という否定派と意見が割れる。もちろん俺も否定派だ。今の時点で結婚したメリットを感じられない。「子供ができたら考え方が一気に変わるよ」とも言われるが、子供ができない夫婦もたくさんいるし、もしできなかったらその夫婦はどうなる?それに俺は別に子供が好きでもないし、自分の人生を子供の為にくれてやるとも思えない。だから多分俺は人の親になる器量が無いのだと思う。もちろん生まれたら生まれたで何とか育てられるのだろうけど、それは自分への負荷が重すぎてどうかしてしまいそうだ。この話が女性の耳に入れば「奥さんが可哀想」や「じゃあ何で結婚したの?」と追及される。僕は「何となく」で結婚してしまった。彩とは大学生の頃に付き合い初めて、丁度5年目の記念日に入籍をした。でも考えて欲しい。別に自分に非がないと言うつもりはないが、5年も交際を続けていて、年齢が20代半ばだったら自然と結婚する流れになるだろう?大学を卒業して就職すれば、収入も安定する。より一層結婚の話題が増え一気に入籍に向かって話が進む。周りの友人もちらほら入籍したり、子供ができる年齢である事だしその流れが自然…いや、普通なのではないだろうか。そして僕はその流れで入籍してしまったという訳だ。そこで結婚を拒否すれば、 彩の人生を少なからず潰す事になる。5年も付き合っていておいて僕から「結婚する気はないから」とは言えなかった。今考えると、僕は彩から奪った時間の責任を負う責任感的な気持ちで入籍を決意したのかもしれない。それを今となって後悔しているという訳だ。 「はぁー……」 ため息混じりに最後の一吸いを思い切り吸い込み、一段と濃い煙を鼻と口から一気に吐き出した。さて、これからどうしようか?と何となく財布の中を覗くと、1万円札と少しの小銭が入っていた。これを使ってピンサロにでも行こうかとも考えたが、まだ昼過ぎだし開いている店も少ない。かと行って真っ直ぐ帰路に着くのもおもしろくない。色々と考えた末、わりと近くにボートレース場があるので競艇に行く事にした。 電車を数駅乗り継いで会場に着くと、日曜というだけにかなりの人手だった。俺は人混みをかき分けながら無料の一般席へ向かい、空いていたベンチに腰を下ろした。今から一番早い出走レースまで後15分ある。スマホからレースの出走表とオッズを確認して景気良く大きく一発当ててやろうと不人気の三番を軸に、三連単と三連複を二枚の5千円ずつ買う事にした。まぁ外れたらすぐ引き上げたら良い。そして何とか締め切りギリギリで舟券を買い先程のベンチに戻った。ベンチに戻るとすぐにレースはスタートし、六艇のボートはスタートと同時にモーターの爆音を響かせて、波をうねらしながら目の前をぶっ飛ばして通過した。俺はこの瞬間が大好きだ。金を賭けていなくても見ているだけでストレスが発散される。それにボートが通り過ぎた後の水面も真っ白の泡が波を立てながら揺れている。これも芸術に思える。時間を忘れてただただレースの迫力と美しさに見とれていると周囲の客達の歓声が、ドッと沸いた。その盛り上がりでハッと我に返ると最終コーナーを赤いコスチュームに身を包んだ三号艇の選手が、ボートを半分水面につけながらグリッとターンして来た。 「おっ!来た!!」 大穴を狙ったものの、そんな簡単に的中するもんかと思っていた僕は、目の前の奇跡に興奮し無意識の内に舟券を握りしめて立ち上がった。両サイドのオヤジも立ち上がっており、左のオヤジは「あかんっ…あかんあかん!何でそーなるねん!」と顔をひきつらせ、反対に右側のオヤジは「よっしゃあ!行ったれーっ!」と腕をぶんぶん振り回していた。同じレースなのに選択次第ではこんなにも明暗が別れるのか。日々の生活も同じで、小さな選択の繰り返しで人生が変わる。何かレースも人生を表している様だな。我ながら深い事考えるなあと自画自賛していたらレースは終わった。 「あっ…やべ。よそ見してた」と慌ててスクリーンを見ると、数秒間のタイムラグがあり、やがて三番、一番、二番と表示された。自分が考え抜いて購入した舟券の番号を忘れるはずがない。しかし俺は握りしめたせいでくしゃくしゃになった舟券を再度見直した。 「三、一…二………の三連単……よっしゃああ!!来たーっ!」 残念ながら三連複の方は外したが、そんなのもうどうでもいい。三連単の方がオッズは高い。僕はモニターに写し出されたオッズ表に目をやった。そこには三連単は692倍と表示されていた。 「692?」僕はすぐさまスマホを取り出し電卓アプリで計算をした。このオッズだと100円で6万9千2百円になる。で、今回の掛け金は5千円。そうすると今回の収支はプラス346万になる計算だ。シンプルに手が震えた。喜びよりも興奮がぶっちぎった。本来なら夢じゃないか?と頬をつねる所だろうが、俺は興奮のあまりなぜか顎をくしゃくしゃと撫で回して夢ではない事を確認をした。経験はないが、高額配当は機械での払い戻しではない事を知っていた。恐る恐る窓口で的中した舟券を見せると札を渡され、別のフロアの窓口へと案内された。言われるがままそこへ足を運ぶと、思っている以上の人数の高額当選者が払い戻しを受けに来ていた。僕はこの人達がいくら当たったのかものすごく気になったが、手渡しされる大金を持ったまま、 あまりここに長居したくなかったので、紙袋に入れられた配当を受けとると、そそくさとボートレース場を後にした。そしてまず最初にこの金の安全を確保する為、銀行へ向かおうと思ったが一度足を止めた。たしか、宝くじは購入した時点で税金を払っている事になっているから高額当選しても税金は掛からない。だけど、それ以外のギャンブルで得た配当には一定金額以上に税金が掛かると何かの動画か本で見た事がある。ばか正直に確定申告すれば済む話だけどそれはちょっと嫌だ。かと言ってこのまま口座へ全額預け入れをして税務署にバレるのも面倒だ。それに税率とかは分からないけどこれだけの配当なら数10万は税金で持っていかれるはず。どちらにせよ納得がいかない。そう考えた僕は配当を口座へ入れるのをやめ、自宅で保管する事にした。もちろんこれは脱税怒鳴る違法行為だが、これなら金の動きを税務署に嗅ぎ付けられる事はない。まぁ、そもそもこれっぽっちの金で税務署が動くとは思えなかったが一応念の為だ。多分他の高額当選者も同じ事を考え実践してるだろうと思い、俺はまんまと配当を持ち帰った。本来ならこの帰り道でスリにあったり何かしらのトラブルで配当を全て失うのだろうが、実際はそういったアクシデントは一切無く無事自宅へと帰れた。彩はまだ二次会の最中で家にいなかった。なので俺は自室ではなくリビングに腰を下ろし、机の上に持ち帰った配当をばらまいた。 「すげー金…さて、これを一体何に使うか……」 俺は腕を組んで考えた。最初に思い浮かんだのはこれを使って祝儀を差し引いた結婚式のマイナス分の支払い。しかしそれでもまだ半分は残る。あ、後は車のローンの残りも返してしまおう。ざっくりだがそれら二つの支払いをしても100万ぐらいは手元に残る計算になった。支持される良い旦那ならここで妻に配当の事を伝えて、残りの金の使い方を夫婦で相談したりするのだろう。だが、俺は違う。そんな女性に支持される様な理想の旦那にはなれない。これは俺の金だ、俺が好きに使う。ただでさえ自己中心的な俺のエゴは一気に膨れ上がった。まずはこの金を彩に見つからない様隠さなければ。僕は自室へ向かい、数万だけ抜いて残りを本棚の中にある本の裏に隠した。そして髪もまだ結婚式のセットのままガチガチに固められた状態だったので一度シャワーを浴びる事にした。俺は普段からワックスやジェルを付けない派なので今の状態は相当ストレスだった。シャワーを浴び、浴室から出てスマホを見るとメッセージアプリで彩から「夕飯は自分で用意して。帰るのは翌朝になりそうだから」と連絡が来ていた。俺はため息混じりに濡れた体を丁寧に拭きあげ、いつものジーンズとゴムが伸びきったタボタボのTシャツに着替えた。一人で食事に出るのも億劫だったので、誰か友人を誘おうと思いスマホを取り出した。でも良く考えてみれば俺の数少ない友人は昼間の結婚式に全員招待していた。俺側の友人には、はなから二次会への案内はしていたかったので今から連絡をしても別に問題はない。しかし、友人達から「あれ?二次会とかやってないの?」やら「奥さんは?」と質問攻めにあうのが目に見えていた。いちいち説明するのも面倒だし、別に他人に家庭内の話をする必要もないか。俺はスマホをジーンズにしまい、いつもの財布と煙草のツーセットを持って家を出た。マンションのガレージには愛車のトヨタ・プリウスが静かに眠っており、俺は何気なく愛車の前で立ち止まった。 「お前はいつも静かで大人しいからえらいな。次の休みにピカピカにしてやるからな」俺はそう言って愛車のボディーを優しく撫でた。今のを近所の人が見ていたら気味悪がっていただろう。だけど俺は昔から乗り物を生き物だと思って大切にする癖があった。もちろん人前ではそんな事をしないのだが、過去に乗っていた自転車やバイクにも同じ様に話しかけたりよくしていた。そして車に乗り込んで運転席に座った。さぁ何を食べようか?辺りの飲食店を思い浮かべた。幸いにも自宅の近くには洋食屋や居酒屋など様々な店があり、選択肢が豊富だった。そして少し悩んだが一人だという事もあって入りやすい行きつけの居酒屋に決めた。愛車の運転席に座り、すでにエンジンを掛けていたが、車だと酒を飲めない。いつもなら居酒屋まで歩いて行くが、今日はタクシーを拾おうと思い車から降りる。しかしマンション前の通り出たものの、タクシーが上手く捕まらない。経験上タクシー会社に連絡して呼びつけても多少は待たされる。その数分待っている時間で歩いて向かってもある程度進めるか。俺はタクシーに乗る事を断念して居酒屋に向かい歩き始めた。時刻はまだ夕方の17時半だったが、もう暦は十月だ。さすがに十月になると日中はまだ暖かくても日が落ち始めると肌寒さを感じる。俺はタクシーに乗らない選択をした事を少し後悔しながら歩いた。 路上喫煙禁止とでかでかと書かれた貼り紙を横目に煙草に火を点ける。たしかに煙草は百害あって一利なしだが、近年一気に喫煙者に対しての世間の風当たりが強くなった。そういえばこの前彩も「値上がりするんだからいい加減やめれば?」と言っていた。今思えばその時も「はいはい」って流しとけば良かったものの「じゃあガソリンが値上がりしたら車売るの?」って反論したな。普段ならそんなくだらない事言わないけど彩と結婚してからずっとこんな感じだ。彩に対して嫌いとかって感情は無いけどなぜかうざったく思う。普通は新婚ならより一層ラブラブなのだろうが、俺達夫婦にはそれがない。いや、正しくは俺にだけそういった感情が無いのだ。夜の方ももちろんレス気味で、彩に誘われなければ行為はしない。試した事は無いけど俺は一年行為が無くても平気だと思う。それぐらい彩に対して性欲も無かった。でも実際には俺達は夫婦なのだからそういう訳にもいかず、彩が誘って来た日はいくら気が進まなくても必ず営みを行うといった具合で何とかしのいでいる。でも困った事に俺の体は彩に反応すらしなくなってきているのだ。これは結婚前からなのだが、そのせいで何度も彩にため息をつかれている。だから俺も努力できる所は努力しようと今では定期的にクリニックに通ってバイアグラを処方してもらう始末だ。新婚の今でこれだと先が思いやられる。そんな事をあれこれ考えている内に目的地である居酒屋にたどり着いた。真っ赤なのれんをかき分けて引き戸ガラガラッと引き開けると、炭火の香りが俺の鼻を突き抜けた。そしてカウンターに立ちながら火加減の調整をしていた大将が太く通る声で「いらっしゃい!」と元気良く言った。行きつけの店ではあったので、俺も「ども」と会釈をし、カウンター席に腰を下ろした。すると大将がカウンター越しに俺の前までやって来て「何にします?いつもので?」と聞いてきた。その大将の圧に負け「あ、はい。いつもので」と言った。すると大将は「生一丁!」とホールの若いバイトに言い、またカウンターの前の方へ戻って行った。結果的にいつも同じにはなるのだが、何を飲むか選ぶのも楽しみの一つだったのになと少し不満を覚えたが、それよりも大将が俺の事を認知していてくれたのが少し嬉しかった。 「おまたせしました、生中でーす」とバイトが生を持って来たタイミングで、これまたおなじみの種類の食事のオーダーをし、俺はいつも通りの考え事タイムに突入した。この考え事タイムは特に深い事を考える訳ではないのだが、俺にとって必要な時間だった。この日の考え事はもちろん競艇で得た配当金の使い道だ。必要な支払い済ませばざっくり100万ほど手元に残る。選択肢としては、豪遊して使いきるか減額覚悟で投資で運用して増やすかの二択だ。俺はわりとすぐに増やそうと答えを出した。よくよく考えてみれば、彩に知られていない独身時代に使ってた口座があったな。とりあえずはそこに入金しよう。そして半分の50万を投資に回そう。すばらしい事に今は株式投資をネットで1000円から手軽に始められる時代だ。そして残りは風俗で派手に使ってしまおうと決め、僕はスマホで風俗店の検索をした。ピンサロ、ヘルス、ソープどれにしようと考えていた時に料理が運ばれて来た。反射的にサッとスマホを伏せた。別に店員に見られたところでどうって事ない事なのだが。とっさの自分の行動に呆れながらスマホに目を戻す。すると、とあるピンサロ店が目についた。その店はノエルといい、ピンサロ店にしては30分で2万円と異様に高額だった。店の場所は知っていたが料金が高いので利用した事はない。利用した事があるという知人も知らない。金に余裕ができた俺は必然的にノエルを利用してみようという気になった。そこでまず店の口コミを調べてみたが、口コミ投稿が一件も無かった。おかしい、普通は多かれ少なかれ口コミが投稿されているはず。少し不審に思ったが、(まぁダメだったらもう行かなかったらいいだけの話か。とりあえずは経験だ)とあまり深く考えなかった。 在籍している女の子の写真もチェックしたが、絶妙に顔が分からない。いつもは入店前に女の子の写真やブログを入念にチェックしてできるだけ可愛い子に当たる様指名で利用するが、ノエルはその目星を付ける作業が全くできないほど絶妙に加工してあった。俺はかなり粘って女の子の顔とスタイルを予測しようと試みたが全くダメだった。風俗はいつも指名して利用する俺にとって、指名無しで利用するのは抵抗があったがしかたない。食べながらあれこれ考えている内に注文した料理を全て平らげていた事に気が付いた。いつもならここで追加の注文をするが早くノエルに行きたいという衝動が勝ってしまい、俺は席を立った。「おあいそで」俺がそう告げると大将はもう帰るの?って顔をしながら「あ、どうも!またお願いします!」と頭を下げた。俺は支払いを済ませ、通りを走っていたタクシーを止めた。運転手に行き先を伝え、道中の時間を使ってできるだけノエルの情報をかき集めようとホームページ以外にも掲示板などをチェックした。しかし掲示板の方でも口コミと同様にスレッドも立っておらず分からずじまいだった。そうこうしている内にタクシーは目的地である風俗街に隣接するコンビニへと到着した。俺は支払い済ませて運転手に礼を言ってタクシーから降りた。まずは一服だ、とコンビニの喫煙所へと歩みより煙草に火を点けた。辺りを見回さすと恐らく今から店に入るであろう男達が数人いた。全員がスマホを手に取り、少しそわそわしながら画面を凝視している。分かるよその気持ち、と俺もスマホをに目を落とした。数分間ノエルのホームページを凝視し、煙草の火がフィルター近くまで迫ってきたのを確認しできたので煙草を灰皿に押し付けて火を消した。 (さてと、じゃあ行きますか) 俺は心の中で独り言を言い、ノエルに向かって歩みを進めた。風俗街に入ると左右から店頭のボーイに「可愛い子入ってますよ」「お兄さん、今からどうですか?」などと声を掛けられる。俺はジェスチャーだけでボーイに断りを入れながら歩いていると、ノエルの店前に辿り着いた。店にはドアが付いており、来店の際は客がチャイムを押して店員を呼ぶといったスタイルだ。このスタイルの店は初めてではなかったが、今回はやけに緊張した。ドキドキしながらチャイムのボタンを押し込むと、ピンポーンピンポーンと音が店内に響くのが外にまで聞こえた。そして数秒の間があってガチャッと中から店員が出てきた。俺の勝手な想像だったが、こういった怪しい高級店では、強面のボーイか胡散臭いセールマンの様なボーイだと思っていた。だが俺の前に現れたのは背が低く、小太りの黒ぶちメガネのいかにもアニメオタクですといった風貌のボーイだった。すると呆気に取られている俺を無視し、ボーイは言った。「いらっしゃいませ。当店のご利用は初めてですか?」 ボーイの声にハッとし、「あ、はい。初めてです」と言った。するとボーイは足元から女の子の写真が貼られたボードを取り出し「ご指名はございますか?」と聞いてきた。ボードの写真を確認したがやはり女の子の顔は上手くぼかされていたので「いや、指名無しで結構です」と答えた。そしてコースを伝え、代金の支払いを済ませると「こちらへ」と案内されるがままボーイの後を追った。てっきりネットカフェの様な簡易的な仕切りのブースに案内されるのだろうと思っていたが、実際に案内されたのは二畳ほどの完全個室だった。 (ピンサロで個室?言い様によってはもしかして本番もアリなのか?だから高めの値段設定なのか?) あれこれ考えている内に個室の外から物音が聞こえた。そして人の気配がし「失礼します」と細く小さい声が外から聞こえた。「とうぞ」俺が恐る恐る答えると、個室の引き戸がゆっくりとスライドし、そこに女性が現れた。店には悪いが、俺は正直女性の容姿に大して期待していなかった。だが目の前に現れた女性は、ほどよく日焼けした褐色の肌に、細身で目もパッチリしている俺の大好物のスレンダーギャルだった。 「こんばんわっ、瑠奈です。えーっと、お兄さんは初めまして…ですよね?」 「は、はい。初めて…です」 娘の想像以上の美しさに俺は圧倒され、情けないがかなりたじたじな返事になってしまった。しかし彼女はそんな俺を見て「可愛い」と言うと「隣良いですか?」と俺が返事をする前に隣へ腰掛けた。 「こういうお店ってあまり来ないんですか?」 「いや、そんな事ないよ。たまに行くけど…でもこのお店は初めてかな」 俺が答えると彼女は「やったぁ!じゃあ私がお兄さんのこの店第一号娘ですねぇ」と言った。俺がそうだよと頷くと彼女は微笑みながら「じゃあ…」と俺にキスをした。ふにっとした彼女の薄く柔らかい唇が緊張で乾いた俺の唇に触れる。そして何度か唇を重ねた後、上唇と下唇の間から彼女の暖かい舌が入って来た。彼女の口臭は特に気にならず代わりにイソジンの臭いが鼻を抜けた。彼女はキスをしながら股間をまさぐり、反応した俺の股間を優しく握り「お兄さん可愛い……」と言った。彼女にそう言われ俺は風俗店に来ている事を忘れ、少し彼女の事を好きになり始めていた。「瑠奈ちゃんも可愛いよ」少し照れ臭かったが俺も彼女へ好意を伝え、それから二人で激しく絡み合った。息切れがするぐらい濃厚なキスを繰り返し、最後は彼女に性器を咥えてもらい口内で射精をした。彼女は口内に出された精液が溢れない様、細く綺麗な手を口元へと移動させ「いっぱい出たね」と言いながら、ごくっと飲み込んだ。 「私、お兄さんみたいな人好きだよ。これからも来てくれたら嬉しいな」彼女はそう言うと、脇に置いてあったデジタル時計に目をやり「もう時間だね」と別れを告げた。彼女との会話は他の店の女の子と変わらない内容だったが、俺の心には何か刺さるものがあった。それが何かと聞かれれば答えるのが難しいのだが。彼女の言葉はどれも他の子が使ううわべだけの営業トークではなく、全てが本音で言った様に感じた。そうして俺は彼女に見送られ店を出た。店を出て特に用は無かったが、気が付いたらさっきの最寄りのコンビニまでフラフラと歩いて来ていた。そこで煙草に火を点け一度天を仰いだ。 (瑠奈ちゃん…まじで良かったなあ) 結局ノエルの価格設定の謎を解き明かす事はできなかったが、彼女と出会えた僕はもうそんな事はどうでもよく思った。ワンランク上の女の子と個室で過ごせるから高いんだろうぐらいに思った。俺は煙草を吸い終えると、そのままタクシーを拾って真っ直ぐ帰路についた。いつもなら行きも帰りもタクシーを利用する事に多少の金銭的引け目を感じるが、何せ今は金も有り、気分も良い。そんな事かまいやしない。 自宅に帰るとまだ彩は帰って来ておらず、俺は寝付きを良くする為にもう一度シャワーを浴びた。浴室から出てバスタオルを手に取ると、体から湯気を立てたまま、ひんやりとしたフローリングの廊下を通り、寝室のベッドへ一直線で向かうと濡れたからだのまますぐに横になった。ノエルを出てからずっと俺の頭の中は彼女でいっぱいだった。帰ってからも何度もノエルのホームページを確認し、モザイクで顔が加工された彼女を食い入る様に眺めていた。我ながら結婚式当日の新郎の行動とは思えないほどのクズっぷりだ。でも俺はどうにかして彼女を手に入れたい…いや、もっと言うと彼女じゃなくても良いから自身の性処理をしてくれる都合の良い相手を手に入れる方法をあれこれ考えながら眠りについた。
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