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「っ……!」
ばっと目をこじ開ける。
先ほどまで広がっていた暗闇はなく、視界は白く眩しい。自分がどこにいるのか、一瞬わからなくなる。
息苦しくて、短い呼吸を数度繰り返す。口の中がからからで気持ちが悪い。滲ませた唾を飲み込めば、喉がじわりと痛んだ。
何度か瞬きして、ぼやけた視界がようやくはっきりしてきた。
見下ろしたノートの白いページには、文字の形をとっていたものが、途中からミミズがのたくったような線となって描かれている。
湊斗は、度の入っていない眼鏡を掛け直すそぶりをして周りを見た。
湊斗がいるのは工学部の203教室、後ろから三番目の窓際の席。四限の講義の真っ最中だった。
――ここは、現実だ。
ほっとして息を吐くと、頭の奥がずきりと痛んだ。
湊斗は気を落ち着かせるように、左手首に着けている水晶の数珠をいじる。一個ずつ珠を手繰って、頭の中で数を数える。百まで数えたときには、頭痛は治まっていた。
だが、もう講義に集中できる気がしない。後で誰かに借りようとノートを取るのを諦め、湊斗は頬杖をついて窓の外を見る。
講義中に油断して、無防備な状態で居眠りしたのは久しぶりだった。こうならないように、いつも決まった時間に昼寝するようにしているのに。
……あいつのせいだ。
昼休み、非常階段で水宮が去った後、湊斗は呑気に昼寝なんてできなかった。
はじめは、水宮との約束をすっぽかして――そもそも湊斗は了承していないのだし――、そのまま午後の講義をサボって帰ろうかと考えた。
だが、学費を祖母と叔父に借りている分、講義をサボることはしたくない。
それに、水宮はなぜか湊斗の取っている講義、教室も知っていた。他学部の学生で尚且つ初対面の湊斗の時間割を、水宮は完璧に把握していたのだ。
最初から湊斗のことを知っていて、調べ上げているようだった。たとえ今日は水宮と会わないようにしても、いずれ彼に捕まりそうだ。
水宮から『前金三万』を受け取ってしまったのも痛い。
今思えば、彼が三万円出してきた時点で警戒して無視すべきだった。安易にひやかし客だと思って、受け取ってしまった数時間前の自分を殴りたい。湊斗の手元にこの三万円がある以上、水宮を無視しておくわけにもいかないのだ。
あれこれと考えあぐねているうちに休み時間は終り、結論の出ない状態で講義を受けていたが……。
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