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ちらりと時計を見れば、あと五分で四限が終わるところだった。こんな時に限って、教壇の講師は「今日は少し早めに終わりますね~」なんて言う。
やった、と隣でさっさとテキストを片付け始める男子を横目に、湊斗はゆっくりとした動作で筆記具をまとめる。
頭の片隅で、今なら急いで教室を出れば水宮に出くわさずに済むんじゃないかと考えもしたが、夢見の悪さが後を引いてやる気も出ない。
諦め悪くだらだらとしたペースで、湊斗がテキストをバッグに入れ終わった頃だ。
教室の前方の扉付近が騒がしいことに気づく。集まっているのは主に女子……で、何となく察しが付いた。
裏付けるかのように教室の前方に向かう女子達が「水宮君がいるって!」「うそ、マジ!?」「何で工学部に?」とはしゃぐ声が聞こえてくる。
現役大学生モデルの水宮慧――学内一の有名人の突然の来訪に、半分以上の学生が前方の扉に注目していた。逆に、後方の扉を出て廊下からアプローチする女子学生もいる。
……今なら、この騒ぎに乗じてやり過ごせるんじゃね?
そうだ、今日はもう疲れたから、明日以降に水宮に対応すればいい。なんなら、数少ない友人に頼み込んで、間接的に水宮に三万円を返す方法だってある。避けに避けまくったら、あいつも諦めるかもしれない。
悪魔のささやきに従い、湊斗はそろそろと後方の扉へと向かう。前方では「鏑木? 誰だっけ?」「いる?」なんて会話が聞こえ始めている。
急がねば、と湊斗は後方の扉を出て、前方の人だかりに背を向けて一歩踏み出した時だった。
「――鏑木君! 鏑木湊斗君」
無駄によく響くいい声が、背中にぶち当たってくる。
振り返ると、人だかりから頭一つ飛び出た長身の水宮が微笑んでいた。
「待ってたよ。約束、忘れてないよね?」
水宮の言葉に、周囲の学生達の視線が一気にこちらへ向かってくる。
「……」
この場から逃げられないと悟った湊斗は、渋々頷いた。
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