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十分後、湊斗は水宮の車の助手席に座っていた。
何でこうなった、と自分でも突っ込みたい。
いや、ここに至るまでに、頑張って抵抗したのだ。
ひとまず工学部の教室前から避難し(あとを追いかけてくる女子学生を撒くのは大変だった)、人目が無くなったところで、湊斗は三万円を返そうとした。
だが、昼休みの時と同様に水宮は受け取ることなく、終いには「君にあげたものだから、そんなにいらないなら寄付でもしてよ」と言ってくる。依頼を断るという湊斗の言葉は無視だった。
だったらこっちだって無視して帰ってやると湊斗が踵を返す前に、すかさず腕を掴まれた。つくづく目ざといというか、人の先手をとるのがうまいというか。
そうして突き付けられた選択肢は「一、このまま手をつないで歩く」「二、逃げずに大人しく隣を歩く」だ。
三番目の選択肢として「鏑木君、小さくて軽そうだから抱えて運ぶのでもいいけど」と本当に抱えられそうになり、すかさず二番目を選んだ。
キャンパスの東側にある法学部の駐車場。学舎から離れた隅の方に、水宮の車は停められていた。
売れっ子モデルで実家は金持ちな彼の所有する車だ。貧乏庶民の発想で、てっきり高級感ある黒塗りの外車か、車高の低い派手な色のスポーツカーかと思いきや、普通の国産車で拍子抜けした。
シルバーのコンパクトSUVは、至ってシンプルだ。とはいえ、見るからに新車でちゃんと手入れもされている。
ぴかぴかの助手席のドアを開け、「どうぞ」とまるで女性をエスコートするかのような水宮に、背中をどんと押されて押し込められたのが、十秒前の記憶。
ばんっ、と運転席に乗り込んできた水宮は後部座席にバッグを投げ、さっさとシートベルトを締めてエンジンをかける。
「鏑木君、シートベルト」
「あ、おい、ちょっと待て、どこに――」
「出すよ」
言葉と同時に急発進、猛スピードで駐車場の出口まで進み、ゲートの前で急停車。
慣性の法則で前のめりになった湊斗は、ダッシュボードに手をついて顔面衝突を避け、急いでシートベルトを締める羽目になる。
急発進、急停車の衝撃で心臓はバクバクと鳴って忙しない。水宮の運転は乱暴なのかと思いきや、その後は至ってゆっくりと丁寧なものへと変わった。
あの暴走は、湊斗にシートベルトを締めさせるためのパフォーマンスだったのか。あるいは車から勝手に降りないようにさせるための警告だったのか。
冷や汗が滲む背中をシートに着け、ずれた眼鏡を直しながら湊斗は溜息をつく。
「……あんた、かなり強引だよな」
「そうかな? あまり言われたことがないよ」
どこか楽しそうに水宮は答える。
「君こそ、けっこう諦めが悪いっていうか、面倒臭いっていうか」
「あんたに言われたかねぇよ。帰る、降ろせ」
「ああ、ごめんごめん」
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