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水宮は、目的のビルの近くにあるというパーキングに車を停めた。繁華街から少し離れた路地にあり、人通りは少ない。
彼の案内で五分ほど歩いて辿り着いたのは、四階建てのビルだった。四辻の角にある、少し古そうな建物だ。もっとも、湊斗の住む築三十五年のボロアパートに比べれば全然新しい。
灰色の外壁は少し薄汚れてはいるものの、テナントも全部の階に入っているようだし、窓から人の姿も時折見える、普通のビルだった。一階には、水宮が言っていた喫茶店がある。雰囲気の良さそうな、昔ながらの喫茶店という感じだ。
オレンジ色の灯りが透ける摺りガラスの向こうを湊斗が見ようとすると、水宮が「こっち」と手招きした。サングラスは外して、ざっくりとしたサマーニットのVネックに引っ掛けている。何かにつけてモデルっぽい奴だ。
「ここの四階なんだ」
水宮の後について、小さなエレベーターに乗り込む。
六人も乗ればぎゅうぎゅうの狭苦しい箱の中、湊斗は水宮から少し離れて、落ち着かなさげに数珠を弄る。
それに気づいた水宮が、くすりと笑った。
「緊張してるの?」
「当たり前だろ」
即答した湊斗に、水宮はきょとんとした顔をする。不思議そうに首を傾げた。
「霊が視えるのに?」
「視えるからだ」
「ふぅん?」
水宮が「どうして?」と尋ねてきたとき、エレベーターが止まった。最上階の四階だ。
軋む音を立ててドアが開いた途端、湊斗の背がぞっと粟立った。
ドアの向こうは、真っ暗闇だった。
黒い絵の具で塗り潰したような、廊下の床と壁。
悪趣味な内装――ではないと気づいたのは、エレベーターの電灯の光が、廊下との境界で不自然に切れていたからだ。
灯りまで吸い取る、黒くぽかりと空いた空間。スモークのように、ゆらりと揺れる黒い靄。
じわじわと光を侵食し、闇の粒子が這い寄ってくる。
行きたくない、と湊斗が足踏みした時だ。
「――鏑木君?」
水宮が、湊斗の肩を軽く叩いてくる。ぱっとそちらを見上げると、水宮は背を屈めてこちらを覗き込んでいた。
薄い水色と灰色が混ざった虹彩が間近にある。本当に外国人みたいな色だ。……てか、近すぎないか。
思わず水宮から顔を背けた後、湊斗は目を瞠った。
ドアの向こうには、白い廊下が広がっていた。
白い床に天井。枯れかけの大きな観葉植物に、壁には色褪せたイベント案内のポスターや演劇のフライヤー……。
「大丈夫?」
「あ……ああ」
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