第一話 前金三万じゃ足りません

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 楽し気に目を細めた水宮が、湊斗に尋ねてくる。 「ねえ、どこ?」 「何が……」 「幽霊。どこら辺にいる?」  水宮の口調は、まるでゲームをやっているような軽いノリだ。湊斗は憤慨しながら、水宮が肩を掴む手を何とか振り払う。  水宮にはこの光景が視えていないのだろうが、視えている湊斗に取ってはそれどころではない。  久しぶりにこんなに大量の霊を視ているせいか、目の奥がじくじくと痛み始めている。霊を視たときの弊害だ。  霊が持つ負の気配といえばいいのか、それに当てられると、目や頭に影響が出てくる。視過ぎると頭痛や貧血を起こして、ぶっ倒れてしまうこともあるから、普段は制御していた。  視ないようにしたいが、この状況で視界を切り替えることの方が恐ろしい。  すでに、一番近い位置にいた奴が、湊斗の目の前にまで来ているのだ。  135度首を曲げて、下から覗き込むように湊斗へと顔を近づけてくる。薄く開いた唇はカラカラにかさついて色は無く、奥の空洞に黒い靄が見え隠れしていた。  ぼぁぉぉぉ、と息を吐くような妙な音が聞こえてきて、何か焦げたような臭いが鼻を掠める。 「っ……」 「ねえ、鏑木君ってば」  背後で急かす水宮の声に、湊斗は半ばヤケクソ気味に答えた。 「っの、正面! すぐ目の前だよ!」  近づいてくる霊から逃れるように頭を仰け反らせたときだ。  ふっと、頭上で笑う気配があった。  そして――  ドン!!  大きな音と共に、ビリビリとした振動が空気を震わせる。  湊斗の目が一瞬眩んだ。白く、眩しい光。眼前でフラッシュを焚かれたような衝撃だ。  咄嗟に目を閉じて、数秒後、そろそろと目を開くと。  目の前にいた霊が、消えていた。  どこかに行った、わけではなかった。足元に漂っていた黒い靄ごと、完全に消滅したのだ。  目の前にいた奴だけじゃない。その後ろにいたものも、数人まとめていなくなっていた。そのうちの一人など、腰から上が無くなって下半身だけ残っている。  ざわ、ざわ、と霊たちがどよめく気配が伝わってくる。  体をぶるぶると揺らし始めて、黒い靄がぼたぼたとさらに床に落ちた。その様子は、怒っているようにも怯えているようにも見える。どちらにせよ、穏やかな雰囲気ではない。  そんな気配など微塵も感じ取っていないであろう水宮は、能天気に尋ねてくる。 「どう? 全部いなくなった?」 「え、あ、いや、まだ……」 「そう。残りはどこ? 何人くらい?」 「は? あんた、いったい何を――」 「ほら、早く。僕には視えないんだから」  水宮に急き立てられ、湊斗は「正面、三メートルくらい先」と思わず答える。  すると水宮は、湊斗を前に抱き抱えた状態で、すたすたと二歩進む。 「おわうおぉぉぉい!? 何してんだ、あんた馬鹿か!? 馬鹿だよな!? 何考えて――」 「鏑木君うるさい」  水宮は湊斗の怒声を聞き流し、三歩目を出す。  そうして、水宮が思い切り床を踏みつけた。  ドン、と力強い音が鳴る。コンクリの床を力任せに踏みつけたところで、こんな音はしない。とても重いものを叩きつけたような衝撃音だ。  それと同時に、再びあのビリビリとした振動が湊斗の身体に伝わってくる。白い閃光に目を眇めながらも、二回目で少し慣れたこともあり、目の前の光景を視ることができた。  床から発生し、爆発するように膨れ上がった白い光。光に包まれた霊たちは、蒸発するように掻き消える。  ほんの一秒にも満たない、瞬間の出来事だった。またごっそりと削り取るようにしていなくなった霊を前に、湊斗は唖然とする。  この光景は、何度か見たことがあった。知人の生臭坊主や聖人君子な神主が浄霊するときと同じような感じだ。  だが、それよりも強引で荒っぽく、そして、圧倒的に強い力だった。霊たちがぶるぶると震えているのは、水宮を恐れているせいだと気づく。 「……水宮、お前……」  背後を振り仰ぐと、水宮はその秀麗な顔で綺麗にウィンクをしてみせた。嫌味なほど様になっていたが、この状況でされても腹が立つだけだ。  というかこいつ、全部解っていて、祓っているのか――?  足で床を踏む際に、何かの術を使っているのか。だが、呪を唱えたり、道具を使っていたりする様子はない。  そもそも、水宮は『僕には視えない』とも言っていた。  ――どういうことだ、水宮は一体何者なんだ。  考える前に、水宮が湊斗の背を押す。 「ほら、次。早く場所言ってよ」  俺はナビか。反射的に文句を言いかけるも堪える。文句を言ったところで、流されるのが目に見えていた。  湊斗はスイカ割りの指示出しをするような心持ちで、霊のいる場所を水宮へと伝えていった。
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