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その後は特に何も起きず、一晩経ったら記憶も恐怖も薄れ、英美はそこまであの黒髪の女性のことが気にならなくなっていた。
きっと、三階の誰かの友達だったのだろう。
そう思って数日が過ぎた頃である。
同じく実家への帰省を早々に切り上げていた友達二人と、ショッピングモールで遊んできた帰りのことだった。
せっかく春休みで明日も休みだから、今夜はパジャマパーティーだと盛り上がり、会場は英美の部屋になった。ドラッグストアでジュースやお菓子を大量に買い込み、コンビニで総菜や限定のスイーツも買って、夜は動画配信サービスで話題の韓国恋愛ドラマを一気見しようと、三人できゃあきゃあと帰盛り上がりながら路についていた。
ふと、友達の一人の幸奈が「あれ?」と声を上げた。
「英美の部屋の前、誰かいる」
何度も遊びに来て英美の部屋の位置を知っている彼女が、二階の端を指さす。その方向を見た英美は、ぎょっとした。
長い黒髪の女性が立っている。
以前も見た、ラベンダー色のニットを着た女性が。
「っ……」
ざっと、頭から血の気が引く。
頬を強張らせた英美に気づいたのは、もう一人の友達の彩子だ。
「英美ちゃん、どうしたの?」
「あ……あの人、この間も、私の部屋の前にいて……」
掠れた声で英美が言うと、幸奈が眉を顰める。
「え? もしかしてストーカーか何か?」
「わかんない、けど……」
顔を青ざめさせた英美のただならぬ様子に気づいたのだろう。二人は顔を見合わせ、やがて幸奈が「これ持ってて」と荷物を彩子に渡す。
「英美、鍵貸して。私がちょっと様子見てくるから」
「でも」
「いいから。二人はエントランスで待っててよ」
幸奈は英美が持っていた鍵を取ると、エントランスに先頭を切って入っていく。その後に英美と彩子が続いた。
幸奈はエントランスに入ると、早足でまっすぐに階段に向かい、たたっと駆け上がる。後ろ姿を見送ることになった英美の震える肩を、彩子が支えた。
「大丈夫だよ。幸奈ちゃん、空手有段者だし、それにそんなに無茶はしないから」
「うん……」
そうして待っていると、ふと、階段を誰かが降りてくる足音がした。二人がそちらをはっと見ると、降りてきたのは幸奈だ。どこか硬い表情をしている。
「幸奈ちゃん、どうだった?」
「……二階の廊下、誰もいなかった」
じゃあ、あの女性は三階に向かったのだろうか。
その考えは、次の幸奈の言葉で打ち消される。
「だから、一応すぐに三階に上がってみたけど、やっぱり誰もいなかった。……ねえ、二人とも、誰も降りてこなかった? ていうか、あれ、誰なの?」
勝気な幸奈ですら、不安そうに顔を曇らせた。英美は嫌な感じが的中したことを悟り、持っていたコンビニの袋を恐怖で取り落としてしまった。
――その後、英美達はエントランスを出て、彩子の住むアパートへと移動したものの、皆の気分が晴れることは無かった。
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