12人が本棚に入れています
本棚に追加
/34ページ
***
幸奈が言った通り、工学部には、確かに霊感のある人がいるらしい。
『あー……かぶき? かぶらき、だったけ? ほら、工学部の霊感男』
『知ってる知ってる。前金二万のやつだろ』
『え、あたしの時、五万って言われたよ。霊を視てほしいなら、五万払えって。ぼったくりもいいとこだよねー』
『ていうかあいつ、ノリ悪すぎだし、空気読めてないし、マジで変なヤツ。インチキだって噂だし、関わらない方がいいよ』
『鏑木ぃ? ただのオカルトオタクだろ。みんなから注目されたいのか知らないけど、痛いヤツだよな』
工学部の霊感男の散々な噂に、英美と幸奈、彩子は顔を見合わせる。
「……ねえ、やっぱりやめておいた方がいいんじゃない? 高いお金要求されるかもしれないよ」
彩子が心配そうに言うと、幸奈も難しい顔になる。
「ごめん、英美。私から提案しておいてなんだけど……いっそ、お寺とか神社に行ってお祓いしてもらう方がいいかも」
霊感男に否定的な二人であったが、追い詰められていた英美は藁をもすがる気持ちになっていた。すぐに会いに行くと決め、英美は彼が昼休みに大抵いるという工学部の北側の非常階段に向かった。
人気のない非常階段の、一階部分。
階段下の影になった空間に、その『霊感男』はいた。
「……」
英美も、そして一緒についてきてくれた幸奈と彩子も思わず無言になる。
一人の痩せ気味の青年が、ボディバッグを枕、黒いウィンドパーカーを掛け布団代わりにして、身体を丸めて寝ていたからだ。
しかも、彼の顔や腹部、足元にくっつくようにして猫が四匹、一緒になって眠っている。一番大柄な猫なんて、鏑木の腹部を枕代わりに、へそ天で堂々と眠っていて、ずいぶんと気持ちよさそうだ。
何とも平和な光景に、三人は呆気に取られた。
「……なんか、もしかして、いい人っぽい?」
猫好きな幸奈が小さく呟く。
「ん……」
すると、青年――霊感男こと『鏑木』が身じろぎした。
もぞもぞと動く鏑木の横で猫もまた目を覚まし、英美達に気づくとぴっと背中の毛を立てて逃げ出してしまった。
大柄な猫はしつこく鏑木の腹部分のシャツにしがみ付いていたが、鏑木が完全に上体を起こしたことで諦めたようだ。面倒そうにのったりとした足取りで、少し離れた場所に移動する。またぐうぐうと眠ってしまう猫に構わずに、胡坐をかいた鏑木は大きく欠伸をした。
「……誰?」
不機嫌な声と共に、鏑木がこちらを見上げてきた。
工学部二年の、鏑木湊斗。
英美と同じ年のはずだが、痩せ型で小柄なせいか、高校生くらいに見える。
建物の影にいるせいか、寝起きのせいか、鏑木の肌はやけに青白く見えた。鼻の周りにうっすらと浮かぶそばかすが、前に見た洋画の子役を思い起こさせて、余計に幼い感じを与える。
細面の顔は、ぱっと目を引くような派手さや特徴は無いが、よく見ると整っているように思えた。日本人らしい、癖のないすっきりとした顔立ちだ。
髪を染めるか、今風に整えれば、きっと女子に人気が出るに違いない。だが、彼にはそんな気がないのか、一度も染めたことのないような黒髪はぼさぼさだった。寝癖もついているようで、あちらこちらに跳ねている。
そんなぼさぼさの前髪の下から、黒い目がまっすぐに英美を見てきた。
最初のコメントを投稿しよう!