第二話 前金二千円でいいんですか?

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 まさか鏑木の知人の祓い屋というのが彼の叔父で、しかも女装家だったとは。  『見た目が女だったら』という鏑木の言葉の意味を、今更ながら理解した。  呆気にとられる英美に、鏑木真澄は「驚かせてごめんなさい」と慣れたように微笑む。肩より長い黒髪は艶やかで、鏑木に似た細面の顔には綺麗に化粧が施されている。顔だけ見ると本当に女性のようだ。  英美は慌てて首を横に振る。 「いえっ、こちらこそ失礼な態度をとってすみません!」 「謝らなくていいのよ。初対面の人はだいたい驚くもの」  ハスキーな声で言いながら、真澄は英美の隣――居心地悪そうに佇む鏑木を見た。 「というか湊斗、ちゃんと説明しておきなさいよ、私のこと」 「どう説明するんだよ」  眉を顰めた鏑木は、英美の方を向く。 「じゃ、俺帰るから。後はそいつに任せれば大丈夫なはず、たぶん」  鏑木はそそくさと踵を返すが、すかさず真澄がバッグのベルトを掴んだ。 「人を急に呼び出しておいて、その言い草は随分と失礼じゃない? しかも女の子の依頼人を置いて帰るなんて。ていうか偶には手伝いなさい」 「こっちは仕事紹介してやってんだろ。そもそも俺、祓いできねぇんだから」 「少しは覚えなさいな。このまま帰ったら、至急対応分の料金、あんたに請求するわよ」 「……」  叔父と甥のやり取りは、叔父に軍配が上がったようだ。 「じゃあ行きましょうか、高野さん」  真澄は戸惑う英美の肩を押して歩き始める。その後ろを、鏑木は渋々といった様子で着いてきた。  英美は真澄を見上げながら、「すみません」と謝る。 「急な頼みを聞いて頂いて、その……鏑木君にも迷惑を……」 「あら、あなたは気にしなくていいのよ。湊斗から大体の話は聞いているわ。怖かったでしょう。もう一人で悩まなくていいからね」  柔らかな口調で、当然のように真澄は答える。さらりとした言葉の中には、恐怖を味わってきた英美を気遣う優しさがあって、英美はまた安堵で泣きそうになったが何とか堪えた。 「それにこっちも仕事だし、きちんと料金は払ってもらうんだもの。ああ、料金はそんなに高くないから安心して。学割もあるし、初回割引も付いているから」 「……」  なんだか携帯電話の契約みたいだ。  祓い屋と聞いていたから、もっとこう、テレビで見る重々しい雰囲気の霊能力者やお坊さんを想像していた。しかし真澄は(女装家ということを除けば)いたって普通の人に見える。  少し気が抜けて、英美は真澄に聞かれるままにアパートへ道案内した。  時刻が午後九時を少し過ぎた頃。  自分の住む三階建てのアパートが見えてくる。アパート前の道路で英美は自分の部屋を見上げ、顔を強張らせた。  長い黒髪、ラベンダー色のニット。後ろ姿の女性は、今日もそこに立っている。  いつもよりも怖く思わないのは、隣にいる真澄と鏑木のおかげだろうか。立ち止まった英美の肩を真澄がぽんと叩く。 「二階の右端の部屋ね」 「……はい」 「それじゃあ、私が一緒に部屋まで行くから。湊斗はここで『彼女』を見張っていて」  真澄に促され、エントランスに入ろうとする英美だったが、ふと、鏑木がその腕を掴んできた。 「鏑木君?」 「念のため、持っとけ」  鏑木は透明な水晶でできたブレスレットを差し出してくる。英美が思わず受け取ると、鏑木はすぐに手を離した。 「あ、ありがとう」  礼を言う英美に、鏑木は「貸すだけだ」と素っ気ない。傍らでは、真澄が「あらまあ」と口に手を当てている。 「ちょっと~、なぁに~、優しいじゃないの湊斗~」 「うるさい。とっとと行けオカマ」 「誰がオカマだコラ。後で覚えてなさい」  短いやり取りの後、真澄は英美を連れてエントランスに入り、階段を上がった。
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