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いつも英美が廊下に着いた時には、後ろ姿の女性はいなくなっている。今日も同じように消えているのだろうか。
緊張しながら、英美は真澄の一歩後ろを付いていった。
二階に着いて廊下の奥を見ると、真澄の肩越しに黒髪が見えた。
――彼女が、いる。
英美は手の中のブレスレットを握りしめる。
真澄は悠然とした足取りで彼女に近づいていった。
顔を伏せ、目線を落とした英美の視界に、真澄の靴と――女性の素足が映る。
青白い肌に、青紫色の爪。生々しくも生気を感じさせないその色に、ぞっと背筋が粟立った。
「人の部屋の前で、何しているの?」
真澄の問いかけに、ゆっくりと女性の足が動く。裸足を床に擦りつけるようにして、こちらに向き合ったのが分かった。
「この子に何か用? 用がないなら失せなさい」
素足の爪先が、じり、と床を擦る。
次の瞬間、英美の伏せた視界に黒髪が映った。
「っひ……!!」
グレージュのスカート、ラベンダー色のニットの裾。
目の前に、彼女がいる。十センチも離れていない。今まで一度も正面を見たことが無い、後ろ姿の女性が、英美を見ている。
顔を上げられない。俯いた額に、強い視線を感じた。
彼女が顔を近づけてくるのを肌で感じる。首筋から背中にかけて寒気が走った。
このままだと顔を覗き込まれる。
『あれ』と、目が合ってしまう。
あまりの怖さに英美は目を閉じた。握ったブレスレットが不思議な温かさを伝えてくる。
額を、顔を、誰かが覗き込んでいる、そんな視線を感じる。首筋は粟立ち、噛みしめた歯がカチカチと震えた。
耳元で、誰かの息遣いが聞こえて――
――チガウ
掠れた吐息のような声が響いたかと思うと、感じていた寒気や圧力が急に無くなった。
「……高野さん、大丈夫?」
ハスキーな声と共に肩に手を置かれる。一瞬びくりとしたものの、それは温かな人間の――真澄の手だった。
目を開けると、先ほどまで見えていた黒髪も素足もそこに無い。ゆっくりと顔を上げても、廊下に女性の姿は無く、真澄だけが立っている。
「あ……」
「彼女は消えたわ」
真澄はあっさりと言う。
「ごめんなさい、怖い思いをさせて。『彼女』と高野さんに何か関係があるのか確かめたかったの。でも、湊斗の言った通り。『違う』みたいね」
違う――。
さっきの女性も言っていた言葉だ。
「ちがう、って……」
「ええ。彼女が付きまとっていたのは、あなたじゃない。なぜあなたの部屋に固執していたのかはまだわからないけれど……ひとまず、彼女はあなたを、この部屋を違うと認識した。これで、もう出てくることはないわ」
消え失せた後ろ姿の女性。
こんなにあっさりいなくなるなんて、と英美は呆然とする。
「念のため、部屋の中も一応見せてもらっていい? 祓ったわけじゃないから、また出てくるかもわからないし。原因を確認しておきたいの」
「あ……わかりました」
英美は頷き、真澄を部屋へと案内して、いろいろと質問に答えて――。道路で待たされている鏑木のことを思い出したのは、それから一時間後のことであった。
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