18人が本棚に入れています
本棚に追加
まず目についたのは、綺麗なアーモンド形の大きな目だった。
青みがかった灰色の虹彩は、影の中にあるというのに不思議な光を湛えている。通った鼻筋に形のよい唇。彫りの深い顔立ちは、目の色も含めてハーフっぽい。
髪は柔らかそうな茶色い猫っ毛で、ぼさぼさになるところを絶妙にくしゃっとさせた無造作ヘアとかいうやつで、雑誌の一面を飾ってそうなくらい似合っていた。
そこらの男性アイドルなんて目じゃないくらい格好いい。
というか、近すぎて顔の輪郭がぼやけている。パーソナルスペースを考えろといいたい。
湊斗は反射的に、顔を覗き込んでいる相手の肩を押しやった。それでようやく、彼の顔の全容が見られる。
そして、気づいた。
……あ、本当に雑誌に載っているヤツじゃないか、こいつ。
人の顔と名前を覚えるのが苦手――というか覚える気のない湊斗でも、彼のことは知っている。
教室で講義が始まるのを待つ際、女子達がしょっちゅう雑誌を広げて彼について話しているからだ。五月蠅くて苛々して、逆に覚えてしまった。
確か名前は水宮慧。
親は金持ち、ハーフの母親の血を継いだイケメンクォーター、と生まれつきのスペック持ちの彼は、現役大学生モデルとして知られている。
顔もよければ身体も良く、180センチを超す長身に広い肩幅と長い手足。四捨五入して170センチの湊斗にとっては、羨ましい限りだ。だからといって、彼のように目立つようになりたいとは思わないが。
そんな有名人である水宮は、湊斗の隣に座ると、ショルダーバッグから財布を出した。
諭吉の描かれた万札を三枚取り出し、甘いマスクに甘ったるい笑みを浮かべて差し出してきた。甘党の湊斗だが、こんな甘さは求めていない。
「はい、三万円」
「……」
ぽんと気軽に出された万札。
実家が金持ちであるうえ、モデルで稼いでいる水宮にとっては、きっと大した額じゃないのだろう。
だが、貧乏学生にとっては一か月の食費が充分賄える額だ。自炊でうまく切り盛りすれば、憧れの某高級ホテルのケーキビュッフェの費用も捻出できる。あるいは、湊斗の住む学生向けオンボロアパートの一か月の家賃としてまるまる使える。
このまま素直に受け取ってしまえばいいのだろうが、湊斗は手を伸ばす前に、水宮の目を見返した。
「……知らないなら、一応言っとくけど。俺は、霊がいるかいないか視るだけだから。除霊とか呪い返しとかは全然できない」
「知ってるよ。他の人から聞いた」
「お祓いしたいなら、知り合いを紹介するだけだし。そもそも霊がいなかったら、そこで終わりだけど、それでもいいんだな?」
「うん、もちろん」
念を押すが、水宮は笑顔を崩すことはない。
その綺麗な笑顔に若干の胡散臭さを覚えつつ、湊斗は三万円を受け取った。
「まいど。……んで、霊視しろってことだけど」
そう言えば、水宮は『霊視』という言葉を普通に使っていた。
別に専門用語というわけじゃないが、だいたいの人は『霊を見てくれ』と言ってくるのに――。
少し不思議に思いながらも、湊斗は三万円を自分のボディバッグに突っ込んだ。
そして、きっぱりと言う。
「あんた、霊なんか憑いてないよ」
最初のコメントを投稿しよう!