第二話 前金二千円でいいんですか?

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 一週間前、後ろ姿の女性の霊を調べるため、鏑木と、叔父で祓い屋である鏑木真澄が英美のアパートに来てくれた。  しかし部屋を調べる際、鏑木は男子禁制のアパートに入れず、一時間外で待つ羽目になったのだ。そのせいで、大家から不審者扱いされてしまった。連絡を受け、急いで真澄と駆けつけ「彼は従弟で夜道を送ってもらって云々」と釈明したものだ。  結局、英美の部屋には、幽霊が出る原因となるものはなかった。念のためにと、真澄が知り合いの神社の札を部屋の四隅に貼って、清めた塩を盛った。  その後、真澄に尋ねられ、英美の部屋に出入りした人物を答えた。何か異常があればすぐに連絡を、とその夜は別れた。  そして三日後に、真澄は後ろ姿の女性の正体を突き止めた。どうやら、現れた女性の霊に紐のようなもの――『魂と身体を結ぶ命綱のようなもの』と言っていた――が付いており、その跡を追ったのだという。  彼女は幽霊ではなく、生霊であった。  そしてその正体は、川北先生の奥さんだった。  浮気性の旦那に、嫉妬深い妻。旦那の浮気相手を突き止めてはストーカーのように追っていた彼女は、途中で事故に遭って足の骨を折り、自由に動けなくなった。  それでも、浮気相手への執念は消えずに、生霊となってしつこく追いかけていたらしい。  英美の部屋の前に現れたのは、川北先生と付き合っていた彩子がこの部屋に出入りするのを目撃し、ここが彩子の部屋だと勘違いしたからだ。英美を見て「ちがう」と言ったのはそのせいだった。  そして大学に現れたのは、川北先生を追って、教室や研究室で浮気相手と会っていないか見張っていたからだった。  英美は勘違いで巻き込まれただけだったのだと、真澄が報告してくれた。  ちなみに真澄は川北先生の奥さんと会い、いろいろと相談に乗ってあげたそうだ。  奥さんが離婚を決意したこともあってか、大学で後ろ姿の女性を見ることは無くなった。もちろん、英美の部屋の前でも。  そうして無事に解決したが、鏑木に迷惑を掛けたことを英美は気にしていた。  料金の支払いなど、諸々の手続きのために真澄の事務所を訪れてその旨を伝えると、「あの子甘いものが好きだから、あげたらすぐに機嫌良くなるわ」とアドバイスをくれた。  謝罪と感謝を込めて、お菓子を用意したのだが――。 「あんたが気にすることじゃない」  気にした様子もなく鏑木は言い、クレープの最後の一口を入れる。薄い唇に付いた生クリームを舐め取って飲み込み、鏑木は英美を見た。 「でも、お菓子(これ)は嬉しい。ありがとな」  ふっと頬を緩ませた彼の微かな笑顔に、英美はどきりとする。 「いえっ、その、どういたしまして――っていうか、こちらこそ本当にありがとう、鏑木君。このブレスレットも借りたままで……」  英美が手首に嵌めたままにしていた水晶のブレスレットを返そうとすると、鏑木は首を横に振る。 「それ、やるよ。俺はたくさん持ってるし、お菓子の礼ってことで」 「え、でも……いいの?」 「うん」  頷く鏑木は、次のクレープのフィルムを剥ぎながら、水晶の手入れの仕方を淡々と教えてくれたのだった――。
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