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とはいえ――
湊斗は、自分の腕を掴んで離さない水宮の顔を見下ろす。
今回のようなケースは初めてだ。
湊斗の霊感が本物かどうか確かめるために、ムダ金三万はたくとか、どうかしている。しかも、“本物”から聞いた情報をわざわざこちらに話してくる。
ただの“ひやかし”じゃないことは確かだ。
だが、オカルト研究会にこんなイケメンは所属していないから、そちらの勧誘でもないだろう。ひょっとしたら宗教関係か。まさか大学のお偉いさんに頼まれて、ぼったくりまがいの商法をする湊斗の動向を探っている……なわけはないとは思うが。
ともかく、何を企んでいるか知らないが、これ以上関わりたくない。
面倒なことになりそうだ。
「……あんたには関係ないことだろ。つーか、もう終わって――」
「終わってないよ、鏑木君」
「はぁ?」
「僕は一度も、『僕を』霊視してくれなんて頼んでないけど?」
「…………あぁ?」
湊斗は眉を顰めた。寝起きの脳を回転させ、数分前の会話を思い返す。
寝入りばなに起こされたとき、水宮は何と言っていた?
『霊視してくれないかな、鏑木君』
「あ……」
確かに『何を』『誰を』とは言っていなかった。
「君が勝手に、『僕を』視ただけだよ。僕の依頼は終わっていない。それで……鏑木君に霊視してもらいたい場所があるんだけど、放課後付き合ってくれるかな?」
「……」
湊斗は無言で、ボディバッグの中から、先ほど突っ込んだ三万円を取り出した。くしゃくしゃと折り目のついたそれを、水宮に突き出す。
「断る」
「鏑木君、四限までだよね。終わったら、工学部の203教室まで迎えに行こうか? それとも、法学部の第二駐車場に来てくれる?」
「いや、断るって言ってんだろ。金も返――」
「ああ、僕ちょうど三限までだから、工学部まで迎えに行くことにするよ。それじゃあ、四限終わる頃に教室の前で待ってるから」
「来なくていい! おい、金は返すって――」
「じゃあね、鏑木君」
湊斗が突き出す万札を避けて、水宮は立ち上がった。彼が立ち上がると、その長身と存在感に、湊斗は一瞬気圧されてしまう。
その隙に、水宮はするりと湊斗の横を通り抜けて階段を下りて行った。
咄嗟に万札をその茶色い頭に投げつけてやろうかと思ったが、きっと彼は拾うことなんてしないだろう。そして、強引に取り付けた約束を湊斗が破ることができないように、きっちり手回しまでしていった。
「くっそ……!」
湊斗は万札を握り潰し、しかしそれを捨てることもできずに大きく舌打ちした。
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