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(SE チャイムの音、A自宅。Bと子ども来訪)
A はーい、いらっしゃーい。まーくん、こんにちは。
B こんにちはぁ!おじゃましますぅ。ほら、まーくんもご挨拶。
(ばたばたと室内に入る子どもの足音)
B あ、こら!…もぉ。
A いいよいいよ。散らかってるけど、どうぞー。
ごめんね。子どもいると全然片付かなくって。
B うちも似たようなもんだよぉ。
あ、これ、おやつに。そこのスーパーのだけど。
A 全然、気ぃ使わなくていいのに。麦茶でいい?
(間、お菓子をつまみながら)
A 世間ではさ、「ママ友」付き合いって、大変だって聞くじゃない?
B あぁ。よくある格付けとか、仲間はずれとか…?
A その点、うちらはさ、歳も同じで、子どもも同い年。幼稚園も一緒で。
B うんうん。確かに大人になると、
結婚してるとか、働いてるとか、子どもがいるとかいないとか…
そういうのでカテゴリー分けされちゃって、
本当の意味での「友達」付き合いって、続けるの難しくなるよね。
A ね!Bちゃん!
この先、子どもが小学校に行っても、中学に行っても仲良くしてね!
B あはは!あたりまえじゃん!
こどもが大きくなって、就職して、結婚したら、
一緒にお嫁さんの愚痴を言おうね!
A わかってるー!あはは!
(SE チャイムの音、A自宅。Bが子どもと来訪)
A いらっしゃーい。
B 今日もおじゃましまーす。あ、おやつどーぞ。
A えっ、どうしたの?これ、駅前のケーキ屋さんの袋じゃん!
B ちょっといいことあったから、奮発。
A なになに?
(間 ケーキとお茶)
B 実は、旦那が昇進したの。
A そうなんだ!おめでとう!
Bちゃんの旦那さんてさ、男らしくて、頼れるタイプだよね。
うちの旦那なんて、全然パッとしなくて。
B えぇー?優しそうで、家事も育児も協力的だし、羨ましいよ。
A なら、交換する?
B あはは!いいね、それ、大歓迎!
でね、これはまだ周りには秘密なんだけど
…まーくん、小学校のお受験をさせようと思うんだ。
A えっ?急にどうしたの?
Bちゃん、そういうタイプじゃなかったじゃない。
B うん…ちょっとね。
でも、Aちゃんとは、そういうの関係なく、ずっと仲良くしたいから!
小学校が別になっても、よろしくね。
A う、うん…。
A ――おかしい。絶対おかしい。Bはあんな子じゃなかったのに。
まーくんだって、うちに遊びに来ても、
行儀は悪いし、挨拶もろくにできないのに、
急にお受験なんて、何、夢見ちゃってるんだか。
(郵便受けに届いているDMを見つける)
A …ん?DM?「限定☆家族ガチャへのご招待」?なに、これ?
「サイトからガチャをひいて、あなたの人生をワンランクアップ」
SRを当てると「一流企業にヘッドハンティングで転職」
「子どもが有名私立に進学」など…他にも多数取り揃えております?
ガチャ1回10万円…えぇぇ!?たっか!こんなの騙されるやついるの?
でも…
(回想、Bの「旦那が昇進したの」「小学校のお受験を…」)
偶然にしては、タイミングが一致してる…。
もしかしてBは、このガチャを回したんじゃ…?
(電話)
A もしもし?Bちゃん?「家族ガチャ」って知ってる?
B うん。この前、レアが当たったよ。
A …やっぱり!ガチャ引いたんだ?やめなよ、良くないって!
B どうして?家族のために課金しただけだよ。
現に、うちの旦那も昇進したし。知ってるでしょ?
A でも…こんなので昇進とか…
努力もしないでいい結果だけ得るのって、結局ズルじゃん。
B 課金して、その対価を受け取るんだから、正当な方法だよ。
それとも「無課金こそ正義」なんて、堂々と宣言しちゃうタイプ?
A はぁ?
B いいから、Aちゃんもやってみなって。家族の幸せのためなんだから。
A ――そう、これは「家族の幸せのため」。悪いことなんかじゃない。
私は独身時代の貯金を切り崩し、サイトに課金した。
(SE サイトのガチャを回す。当たり)
「うわっ、当たった…レア…夫が昇進!やった!」
(SE 着信音、昇進を知らせる夫からの電話)
A ほ、本当だったんだ…家族ガチャ…!
(喫茶店)
B ねぇ「家族ガチャ」試してみた?
A …うん。そうね。悪くなかった、よ。
B ここだけの話、Aちゃんは、何回引いたの?
A …ん、内緒。
B ふふふ、そっかぁ。残念。
そういえば、来週の期間限定イベントのお知らせ、見た?
10連ガチャで、SRが1個確定、100回引くとSSRが1個確定って。
A 100回…って、それって1000万じゃない!
B どうしよっかな。かなりきついけど、頑張っちゃおうかな。
A え、Bちゃんやるの?1000万だよ?
B 1000万は無理でも、10連ガチャぐらいなら…
だって周りと差を付けれるチャンスだもん。
「家族の幸せは、私の幸せ」でしょ。
推しに課金して、自分も幸せになれるなら、実質無料!
A …そ、そう…かな?
B 旦那も昇進したし、課金分は後から取り戻せるかなって。
ねぇ、Aちゃんも一緒にやろうよ。
A …んー、考えておく。
(SE 街頭の風景)
A ――はぁ?当たるかどうかわからないガチャに、
100万円も払うだなんて、バカじゃないの?
「ずっと同じだね、一緒だね」って言ってたのに、
ガチャにハマって課金して、
周りを見下して優越感に浸りたいだけじゃん。
ほんと最低っ!
(SE ATM「ご利用ありがとうございました」)
A ――だから、Bになんか負けられない。
だって、ここまでいくら課金したと思ってるの。
せっかく掴めたチャンスを途中で手放すなんて、
できるわけないじゃない。
(SE サイトのガチャを連続で回す)
(朝の幼稚園お見送り)
B (他のママ友と立ち話している)
…そうなの。ちょっとうちの子、元気良すぎるんだけど、
そこが子どもらしくていいって、
芸能事務所からスカウトされちゃって。
子役とか、芸能界とか、全然興味なかったのに~!
(Aを見つけて声をかける)
あ!Aちゃ~ん!なんか久しぶりじゃない?
全然連絡つかないけど、どうしたの?
A …あぁ、うん。最近、仕事を始めたから。
B 仕事?
A ごめん。忙しいから。じゃ。
A ――Bの子どもが子役デビュー?
そんなのガチャのせいに決まってる。
努力もしないで、チャンスだけ当たっても、
どうせ最後には、失敗して痛い目を見る。
じゃなきゃ、頑張ってる私がバカみたいじゃない。
(昼の風俗でバイトしてる環境音。
「いらっしゃいませ、本日は90分コースですね」等)
A ――ガチャを回さなきゃ。もっと、回さなきゃ。
こんなんじゃ足りない。
私はもっと幸せになれるはずなの。
もっと頑張れば、Bよりも幸せになれるはずなの。
(サイトを起動させると、サービス終了のお知らせが表示)
A ――は?サービス終了のお知らせ?
(電話)
B あー、そういえば、お知らせに出てたねぇ。
A え?それだけ?
B え?
A だって、サービス終わっちゃうんだよ?
困るでしょ?Bちゃんだって、結構、課金してたでしょ?
B …確かに課金はしたけど、そこまでハマってたわけじゃないし。
あ、もしかしてAちゃん、沼るほど課金しちゃった?大丈夫?
A え?う…ううん。
いや、私も…そこまで課金してたわけじゃない…から…。
B そう?よかった。よく考えたら、怪しいアプリだよね。ほんと。
うまく利用して、さっと手を引くのが正解だよ。
じゃ、そろそろ、ごめん。
まーくんのダンスレッスンの時間だから。
A ――どうして?Bは、家族ガチャに課金してたはずなのに!
そうじゃなきゃ、あんなに幸せが続くはずない。
私だって家族の幸せのために、夫に内緒で課金して、借金して、
あんなバイトまで始めて…もう後には退けないのに!
ズルをしたBだけが、余裕ぶって幸せになるなんて許せない。
…いや、私が幸せになる方法は、課金だけじゃない。
Bから幸せを…Bの家族を奪ってしまえばいいんだ。
(SE 引っ越しのトラックのアイドリング
引っ越すB一家と、見送るA)
B (泣きながら)…Aちゃん。
どうしよう…この先、私、一人でやっていけるかな。
A Bちゃん…。
B …やっぱりやだぁ!Aちゃん!こんなの、辛すぎるよ!
A Bちゃん…ほら、もう、まーくんも旦那さんも待ってるから…ね?
B …うん…うん…ごめん。じゃあ…そろそろ…。
A うん。向こうでも、元気で。
A ――家族ガチャのサービスが終了してから数カ月後。
悪意ある第三者によって
ネット上にB一家に関する誹謗中傷がばら撒かれた。
Bが子どもを芸能界デビューさせるために、関係者に枕営業したとか、
Bの旦那が昇進後、調子に乗って、よそに女性を作ったとか、
離婚も秒読み段階だとか。
幼稚園でも、あちこちでBの悪い噂がささやかれた。
そんな中、B夫に地方への辞令が出て、
B一家は逃げるように、この街を去ることになる…はずだった。
B …ねぇ、Aちゃん。
A ん?
B 本当にありがとう。
A うん?なに、改まって。
B …Aちゃんのおかげで、私、すごく幸せだった。
A …そう?
B だって、Aちゃん、ガチャのために借金してカラダまで売ってさ、
うちの旦那をたぶらかして、浮気の既成事実まで作って。
さらに誹謗中傷、罵詈雑言やデマをネットに書き散らしたでしょ。
本当、Aちゃんって面白すぎ!あはははは!
A …は?何…言ってるの?
B とぼけたって無駄だよ。証拠、全部取ってあるもん。
なんなら、出るとこ出てもいいよ。
…でも、それももう必要ないや。
A …え?
B …ねぇ、Aちゃん、ずいぶん、あのガチャに課金してたんだね。
素行調査したら、一発だったよ。
旦那さんはヘッドハンティングで一流企業に転職。
子どもも、有名私立の小学校入学、
大学進学までエスカレーター式で確定済み。
A なにそれ、勝手に…!
B あの家族ガチャでね、私、実はSSRが当たってたの。
特典は何だったと思う?
A そんなの…わかるわけないでしょ。
B (無視して)私、Aちゃんがお友達で、本当に良かった。
(SE 引っ越しのトラックのアイドリング
立場が入れ替わり、引っ越すAとB一家、見送るB)
B …ほら、旦那さん呼んでるよ。もう。涙拭いて。
A うん…ありがとう、Bちゃん。色々迷惑かけてごめんね。
B 本当に心配だなぁ、Aは。
また、うっかり悪徳な勧誘とか騙されたりしそうで、怖いよ。
A ふふ…あの時も、Bちゃんがいてくれたから…。
B 引っ越しても…元気でね。
A うん、またね!私、Bちゃんがお友達で、本当に良かった!
(SE 引っ越しのトラックが出発する)
B ――本当に…ありがとう。Aちゃん。
うちの旦那ね、家庭内じゃ酒癖も女癖も悪いし、
暴力もひどくて大変なの。
離婚したくても、判を押してもらえなくて。
ガチャを引いて、いくらチャンスを与えられても、
本人の悪癖は治らないんだよね。
子どもも、あれクソ旦那の連れ子で、私に全然懐かないし。
ところで、言いそびれたんだけど、
SSRの特典は「指定の人の家族と、自分の家族を交換できる」。
こんな特典、使うかどうか、最後まで迷ってたんだけど、
Aちゃんを見てたら、やっと踏ん切りがついたよ。
だから、たくさん課金してたところ、悪いんだけど、
Aちゃんの家族と、うちのクソ家族を交換させてもらうね。
先に手を出したのは、Aちゃんだもん。
これでおあいこでしょ。
ふふふ…ねぇ、私たち、本当に「いい友達」よね。
…今度の家族は、素敵な家族だといいなぁ!
(SE ドアが閉まる)
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