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よっしゃ、場内が暗くなった。映像が始まる。このタイミングで飯を食うのが映画鑑賞の常識だ。
礼司がいそいそとリュックに手を突っ込んだとき、後ろからガサゴソとポリ袋をいじる音がした。
ちっ。先を越された。後ろの誰かは、袋が開かないのか、暗闇で目的の食べ物が見つからないのか、とにかくガサゴソが続く。あちこちから同じような音が立ち始め、それはまるでオーケストラのような調和を奏で――負けてなるものか。礼司もその一端を担うべく再びリュックの中を――
「フンワリカチョーを呼んでください」
すぐ近くでそんな囁き声がした。礼司が顔を上げると、薄闇の通路に腰をかがめた男がインカムに手を当てている。
フンワリカチョー? 礼司は初観劇のときにここで出くわした出来事を思い出した。このホールは演劇もコンサートも行うし、映画もかける。
あのときは演劇を観ていて、確か……ギッコンカチョー、ってのが呼ばれた。
変わった名前の係が多いホールだな。
ギッコンなんてシーソー好きとか? フンワリって柔らかい雰囲気の人とか、そういう愛称だろうか?
やがてあの時と同じように、同じ制服の年長の男が飛んできて、今度は後ろのポリ袋ガサゴソ野郎がつかまった。
「何すんだ。俺は――」
「重大なルール違反でございます」
「何をっ。映画が始まったらみんなで飯を食う。それが正しい楽しみ方じゃないか」
うん、そう。更にポリ袋の音を殊更立てて客全員で一体感を得る。これをやらずして何が映画鑑賞だ。
「どうぞこちらへ」
しかしガサゴソ野郎は強制連行されていった。えっ、何の罪で? まさかとは思うが、信じがたいが、……ガサゴソやったせい?
気づくと他の客のガサゴソ音が全て消え、場内は沈黙に包まれていた。礼司も不審に思いながらリュックに入れた手を引っ込めた。
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