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ちゃらり~♪
誰かのスマホが鳴った。ああ、あそこだ。ポツンと灯った光で隅の席だとすぐわかる。そこだけスクリーンが見えにくくなるのも、着信音で映画のセリフが遮られるのも、映画館での鑑賞ならでは。醍醐味の一つだ。
「ヒラリカチョーを呼んでください」
その隅の席の辺りから囁きが聴こえた。
また? しかも更に新手の課長?
礼司は顔を見てやろうと乗り出した。飛んできたのは、とてもガードマンとは思えない、痩せた背の低い優男……あれ?
「当ホールでは上演中に音を立ててはならない、光を灯してはならない。入口にも廊下にも明記してございます」
「そんなバカな。SNSでリアルタイムに映画の感想を共有する。これが鑑賞のジョーシキというものでしょ!」
きんきんと反論する若い女性が、……やっぱり強制連行。
連れ出されてはたまらないと、一斉にスマホ音源を切る音。不承不承礼司も倣った。
「やあね、横暴じゃない」
「どうしてこんな非常識な取り締まりをしてんだ?」
「余興の一つかな」
斜め後ろからそんな会話が聞こえ、ドッと笑い声が上がった。礼司も笑いが唇にかかった瞬間。
「グッチカチョーを呼んでください」
礼司は口から飛び出す寸前で笑いを飲み込んだ。
グッチ? ブランド好きな案内係ってことか? いやでも、課長が多すぎない?
そもそも何だこの取り締まり。我が家ばりのくつろいだ状態で大画面を他人と共有。それが映画館で観る意義ってもんじゃないか。
ご丁寧にカートを引きずって飛んできて、その笑い声辺り一帯をまとめて乗せて連行してったのは、またもあの痩せ優男だった。
「え……全部あの人じゃん?」
何でいちいち違う名前で呼ばれるのか。というより何故演劇や映画鑑賞の楽しみを阻害するのか。
このホール、意味わからん。今日限りでもう来んわ。
礼司は堅苦しい雰囲気の中、緊張しながらエンドロールまでを過ごし、そう固く決心した。
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