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「ギッコンカチョーを呼んでください」
その案内係がインカムに囁いたセリフは、そう聴こえた。礼司はまだ幕の上がらない舞台よりそっちに耳を奪われた。
ギッコンカチョー? 誰?
まもなく、その案内係と同じ黒の三つ揃いの制服の男が駆け付けた。痩せた、背の低い、ガードマンにしてはちょっと弱そうな優男。
これが、ギッコンカチョー?
インカムの案内係と優男2人して、礼司の2つ前の席の太ったおばちゃんの腕をガッチリつかむ。
「なっ何よ、あたしが何したっていうのよ」
「そのドリンクホルダー。重大なルール違反でございます」
「え? 一体何の――」
しかしおばちゃん、聞いてもらえず連行されていった。ドリンクホルダーが何だって?
幕開けのベルが鳴る。
礼司、このとき高校生。野球に明け暮れた生活を一変、父親と同じ「観劇」という趣味に鞍替えした。その記念すべき初っ端の会場は、この『差四巣瀬ホール』――どこかで聞いたことがあったが思い出せなかった。そんな名前より芝居の内容より、その連行シーンが強烈に印象に残った。
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