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 すごいわよね、と母は笑う。  楓は何も言えず頷くことしかできなかった。 「でもそれが本当に速かったみたいで、あっという間に見えなくなったと思ったらすぐ救急車連れて戻ってきたらしいわよ。地震で車道も混雑してたから結局一番いい方法だった、って病院の先生も言ってたわ」    それから母は、彼に名前を聞きそびれたことを改めて後悔しながら「ほんとあの子は命の恩人よ」と締めくくった。  そして病室に静かな時間が流れる。楓は言葉を失ったまま取り戻せなかった。  その沈黙を案じたのか、父が「母さん、そろそろ先生に連絡しなきゃいけないんじゃないか? 楓も目覚めたばかりでしんどいだろう」と楓の肩を優しく撫でた。 「それもそうね。じゃあ楓、ゆっくり休んでなさいね」  母もゆっくりと楓の肩を撫でて、二人は病室を出ていく。  楓はただひたすら自分の鼓動を聞いていた。身体ごと揺らすような心臓の動きを感じながら、真っ白なシーツを見つめる。瞳の奥に映る影だけが真っ黒だった。    彼が、来てくれた。  彼女はそう結論付けた。細かな理由や根拠なんてどうでも良かった。  本当に来てくれたんだ。  まだうまく力の入らない手でシーツを握り締める。拳から枝葉のような皺が走った。  うるさい。  鼓動が、うるさい。
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