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「いいなあ、さよりんの席あったかそうで」  昨日、彼が沙代里に言った台詞だ。  暦的にはまだ秋だが、昨日は冬を感じさせるような寒さだった。窓から差し込む太陽は彼女の席を照らしていたが彼の席までは届いていない。 「いいでしょ。ぽかぽかだよ」  沙代里が自慢げに言うと「くそお」と悔しそうにしながら彼は両手を擦った。 「生まれ変わったら絶対冷え性じゃない人間になってやる」 「なにそれ」    彼の小さな野望に沙代里は笑った。そして冷え性ではない自分には彼の気持ちはわからないけれど、いつかその手を温めてあげたいな、とこっそり思った。  けれど、それはもう叶わない。  スピーカーからチャイムが鳴った。同じ色の机が整列する教室を包むように響き渡る。担任は「皆さんも車には気をつけて」とホームルームを締めくくり、教室を出ていった。  それからしばらく教室には静寂が満ちていたが、一人また一人と動き出す。  一時限目の授業は移動教室だった。沙代里はそのことを思い出し、机から教科書を取り出す。相変わらず窓の外には濃い灰色の雲が空を覆っている。  ……降ればいいのに、雨。  ごろごろと唸るような音を出す空を彼女は睨みつけた。  私の代わりに泣いといてよ。  沙代里は教科書とノートと筆記用具を持って教室を出る。モノクロの廊下はいつもより狭く感じた。足音すら聞こえそうな静かな廊下を彼女は何も言わず歩いていく。  雨は結局一日中降ることはなく、持ってきたビニール傘は何の役にも立たなかった。
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