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陸上部の橋本傑は100メートル走を専門として、今年最も期待されている選手だ。
楓も何度か練習風景を覗き見たことがあるが、同じ陸上部員の中でも群を抜いて速かった。
足の速い人が好きだなんて小学生みたいだな、と可笑しく思ったりもするけれど、誰よりも早くゴールラインを駆け抜ける様はどうにも目が離せない。
橋本くんになら見せてもいいかもしれない。
そんな風に思った後で、この美術室には自分一人しかいないことを思い出した。私は誰に言い訳してるんだろう、と苦笑する。
見せたい。
見てほしい。自分の大好きな景色を一緒に。
「……おまじないでも使わなきゃ無理だけどさ」
楓はお日様色の美術室でひとり呟く。
当然だ。彼は今部活が終わって家に帰っているところだろうし、部活仲間とカラオケに行っているかもしれない。そもそもろくに話をしたこともない私が急に呼び出したりしたら混乱するし迷惑だろう。
それでも、楓はどうしても自分の気持ちが抑えきれなくなっていた。
このままでは本当に彼を呼び出すという暴挙に走ってしまいそうだ。どうにか自分の気持ちの落とし所を見つけなければ、と彼女は手元のスマホで『清澄高校 掲示板』と検索した。
どうせ出てこないんだから。
白紙の検索結果を見て、自分は何に縋ってるのかと笑い飛ばせればそれでよかった。
「――え」
一件だけ、ヒットした。
ページタイトルは『私立清澄高校掲示板サイト』。何の捻りも工夫もないシンプルな名前のサイトだった。
偽物だろうか。楓はまずその可能性を考えた。
今はそのサイトは閉鎖されたと聞いている。実際にクラスメイトが検索したときは何も見つからなかった。詐欺サイトかもしれない。
けれど、そんなターゲットの狭い詐欺サイトがあるだろうか。片田舎にある名門でもない高校の掲示板サイトを装うなんて効率が悪すぎる。
少しだけ迷ってから、楓はそのサイトにアクセスした。万が一悪質なサイトだったらウイルス対策ソフトが機能するだろう。
「がんばれ私のファイアウォール」
彼女は小さく呟きながらページタイトルをタップした。
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