「まもりびと」

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 その声にどきりとして顔を見れば、目尻に 深い皺を作って笑っている。目を逸らしたい のに逸らせなかったのは、向けられた笑みが 存外に優しいものだったからか。  「君は死にに来たんだ。だから、泣きなが らここに立ってる。違うかい?」  図星だった僕は何も言えずに俯き、きつく 唇を噛みしめる。その態度が返事だと言わん ばかりに、男性は言葉を続けた。  「何があった。何がそんなに辛い。良かっ たら全部、僕に話してみてくれないか?」  僕は俯いたままで眉を寄せる。  どうして会ったばかりの他人に、死にたい ほどの苦しみを打ち明けられるというのか?  けれど同時に、こうも思う。お母さんにも、 お父さんにも、お爺ちゃんとお婆ちゃんにだ って、僕は何ひとつ本当の気持ちを打ち明け られなかったじゃないか。そう思った僕は、 風に揺れる白衣に目をやった。  「あの、あなたは誰ですか?どうして僕に、 そんなことを」  そう訊ねると、男性は振り返って遠くを 指差した。  「道路を渡った向こう側に緑の建物が見え るだろう?楠木こころクリニック。僕はそこ の院長で、精神科医だ」  「……精神科の」  彼の指差す方を見れば、確かに緑の建物が 霞んで見える。そして白衣の胸元を見れば、 ネームプレートには「楠木」という名。    嘘じゃない。  彼は「心」のお医者さんなのだ。  そう思った瞬間、心のやわらかな部分が 助けを求めるように疼き始めてしまった。  僕はまた零れ落ちそうになってしまう涙 を止めるため、息を吐き出した。
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