「まもりびと」

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 「僕、病気なんです。肺にも、肝臓にも 転移してて……もう治らない。あと、半年 くらいだろうって言われて」  どうしてか、掠れた声と共に笑みが零れ る。口にしているいまも、心のどこかで信じ られずにいる自分が哀れだからか。けれど、 ズキズキと痛む右足が現実を僕に突き付け ている。  「そうか。それはずいぶん、辛いな」  海の向こうに目をやってそう言うと、 先生は紫煙を空に向かって吐き出した。  「もう出来ることはないと言われたのか」  僕は黙って首を振る。余命を告げられた が、まだ緩和ケアを勧められた訳じゃない。  「でも嫌なんです。もう助からないって わかっているのに、治療で苦しむのが。頑 張って辛い治療に耐えたって、僕には未来 がない。一日でも長く生きて欲しいって家 族は言うけど、僕には未来のない『いま』 を生きる理由が見つからない。ただベッド の上で苦しんで、夢を追うことさえ出来な いなら……もう」  堰を切ったように、胸の内を語り出した 僕に先生はやんわりと目尻に皺を寄せる。  僕は顔をまっ赤にして泣いているのに、 どうしてかその顔を見られるのが嫌では なかった。  「夢があるのか」  そのひと言に、嗚咽を漏らしながら頷く。  何もかも話して構わないのだと、優しい 眼差しが言っている。  「夢が、あります。僕は、レオ・レオニ のような……絵本作家になりたい。だから、 たくさん絵を描いて、高校を出たら、専門 学校で学びたかったんです」  泣きながら吐き出した夢は、あまりに眩し かった。僕はそんな未来を手にした自分を 想像してしまう。想像すれば、その夢は心を 深く抉ってまた死にたい気持ちになった。
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