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皆さんは掃除が好きでしょうか。
はい。好きっていう人、え〜っと、62807人。
嫌いっていう人、8人。
ここの読者は嘘つきばかりですね。
後の回答していない28%の人は巨人ファンですか?ええ、きっとそうでしょう。ご愁傷様でした。
それではこれはどうでしょう。
今、掃除が好きと答えたお友達の中で、大掃除が好きという人。
手が上がりませんね。
正直でよろしい。
人間、一方的に嘘つきの疑いをかけられると、こちらから頼んでもいないのに名誉挽回したくなるものなんです。
大掃除が好きな人なんていないんです。
だって大掃除が好きな人がいっぱいいたら、大掃除が一年に一回なんてことはないはずなんです。
いっぱいいたら、週に一回は大掃除をしているはずなんです。
それは十二支の世界も同じなんです。
だから大掃除をさせられるのは、いつも決まってイノシシなんです。
他の動物が全部断った仕事がイノシシに回ってくるからです。
ではイノシシの大掃除の話をしましょう。大掃除をしたイノシシの話です。
どっちでもいいですね。
人間、細かいところをいちいち気にしていると大人物にはなれません。
皆さんには是非とも大人物になってもらいたいものです。
生きているうちに大人物にならないと、あの世に行ってから福沢諭吉さんに鼻で笑われます。
どうでもいいですね。
イノシシの話です。掃除が嫌いなイノシシの話です。
十二支の学校では、一年に一度の大掃除があります。
今年もイノシシの担当になりました。
大きな鼻の穴からフーッと臭い溜息を吐き出して、イノシシが消しゴムで机の落書きを消していました。
溜息をつくのも無理はありません。
落書きはサルがしたものだからです。
サルというのは、大したことを考えていないくせして、いつも何かしら考えているのです。
そうして自分が利口だと思っているのです。
だからサルの机には、線が引かれてあって、片っ方にはバカと、もう片っ方には利口と書かれています。
利口の方にはサルの他に、トラとタツの名前が書かれてありました。
後は全部バカの方に書かれてあります。
サルとしては、本当はトラとタツもバカの方に書きたいのですけど、怖いから利口の方にしたのです。
サルってのは、この程度の頭しか持っていないのです。
これをサル知恵といいます。
そんなものをイノシシが消さなくてはいけないのですから、嫌になるのもおかしくありません。
憂鬱な心を抱えながら、消しゴムでゴシゴシとやっておりました。
ですが、イノシシのひづめというのは、消しゴムを持つようにはできておりません。
あっと思ったら、消しゴムがコロコロと床を転がっていきました。
イノシシが消しゴムを追って廊下に出ると、ウサギがモップを持って立っておりました。
「イノシシ君、ご苦労様。今度は廊下をモップがけしてくれないか」
ウサギは三ヶ月前に級長に昇任したばかりですから、威張っています。昇任して三ヶ月のときというのは、課長でも係長でも、一番威張っている時期なのです。
イノシシは人がいいものですから、ウサギからモップを受け取ると、肩を落としてモップがけを始めました。
トボトボと下を向いてモップをかけていると、いつまでたっても廊下が終わりません。
こんなに長いはずはない、と顔を上げると、行き止まりは遥か先に霞んで見えました。
うええ、とゲンナリしていると、トラがやってきて、
「コリャ、イノシシ。ぼうっとしとらんと早よう掃除をせんか。お尻を食っちまうぞ」
と言ったので、慌てて走り出しました。
トラは怖いのです。トラと戦ってもイノシシには勝ち目はありません。
お尻を食べられてしまっては二度と座れなくなります。
イノシシは必死に走ってトラから逃げました。
滅茶苦茶に走っていると、そこは長い廊下ではなく、体育館でした。
「あれれ。僕は廊下にいたはずなんだけどな」
ダンッ、ダンッ、ダンッと、ボールがバウンドしてきました。見ると、バスケットボールです。
「ちょうどよかったわ。イノシシさん、バスケットボールを磨いてほしいの」
羊がやってきました。
「君のモコモコの毛で磨けばいいじゃないか」
とイノシシは言い返しました。トラは怖いけど、ヒツジだったら言い返すことができるのです。まったくイノシシにも困ったものですが、イノシシにもそれなりに日和見主義の傾向があるのです。
「だめよ。わたしの毛は全部刈っちゃうもの」
ヒツジはバリカンを取り出して、自分の毛を刈り出しました。
困ったのはイノシシです。ヒツジの裸を見てしまったら、来年からエッチだと言われてしまいます。
「あっ、やめろよ。僕、エッチじゃないぞ」
イノシシは目を瞑りましたが、ヒツジの毛は巻き付いてきました。
「あっ、何するんだ!」
白い毛がどんどん巻き付いて、イノシシは何も見えなくなりました。
「あ、ここどこだ?」
気が付くと、まわりに白いフワフワのものが浮かんでいます。
「おお、助かった。イノシシさん、この雲を掃除してくれないか。ヒゲに絡まって、くすぐったくてたまらん。ハ、ハ、ハックショーイ!」
ものすごいくしゃみをしたのは、タツでした。イノシシはあわや飛ばされそうになって、必死にヒゲにしがみつきました。
タツがいるということは、ここは空の上でしょうか?
「イノシシさん、早くこの雲を消してくれ」
タツは物腰は柔らかいですが、怒ると十二支の誰よりも怖いのです。
イノシシはタツに逆らわないようにしようと思いました。
でも、どうやって雲を消せばいいのでしょう?
「タツさん、雲はどうやって消すのですか?」
「どうやってって。その消しゴムで消してくれればいいのだよ」
イノシシのひづめには、落としたと思った消しゴムが挟まっていました。
「あれ、いつの間に」
イノシシは消しゴムで雲を消し始めました。
でも、イノシシのひづめは、やっぱり消しゴムを持つようには出来ていないのです。
一生懸命ゴシゴシとやりますが、ちっともはかどりません。
「早く、早くしてくれ。へ、ヘ、ヘーックショイ!!」
「うわああ!」
タツが大きなくしゃみをして、イノシシは吹き飛ばされる。
「わあ!お、落ちる!」
あわれ、イノシシは真っ逆様に落ちていきました。
落ちながら、イノシシの頭には、これまでの人生が走馬灯のように駆け巡っていました。
「ああ、僕はこのまま死んじゃうんだなあ。こんなことだったら、もっと人に親切にしておけば良かった。サルの机の落書きも、ちゃんと消しておけば良かったなあ。でも、どうせ死んじゃうのなら、ヒツジの裸を見ても良かったな。エッチだって言われても、僕は死んじゃってるのだし。ああ、もったいないことしたな」
突然、イノシシは体が浮かび上がるのを感じました。
なぜだか、体がフワフワしたものに乗っています。
「危ないところだったなあ」
と言ったのは、サルでした。イノシシは、サルの筋斗雲に乗って、空を飛んでいました。
「あ、サル君。助けてくれてありがとう」
イノシシは、サルのことを悪く思ったことが恥ずかしくなりました。
「そりゃあ助けるよ。君に恥ずかしい思いをしてもらいたいからね」
筋斗雲は、お尻から飛行機雲を出すと、その雲が文字になりました。
文字は、「イノシシはヒツジの裸を見たエッチ」と書かれています。
「やめてよ!僕、エッチじゃないよ。それに、ヒツジの裸を見てないもん」
サルはウキキキと笑って飛び続けました。
「あんなんじゃ、みんなに見られちゃうよ。早く消さなきゃ」
イノシシは消しゴムを持って飛び出しました。
「しまった。ここは空の上だったんだ」
イノシシは再び落ちていきました。
イノシシには、あまり後先を考えずに行動してしまうクセがあるのです。
「そのことはなんて言ったっけ。ええと、ええと」
もう屋上の避雷針が迫ってきています。早く思い出さないと大変なことになります。
「あ、そうだ、猪突猛進だ!」
ドンガラガッシャーン!
クイズに正解した大きな音がして、イノシシは避雷針に落っこちました。
「よく正解したな」
とヘビがいいました。
「僕、なんともない。あんな高くから落っこちたのに」
「正解したから、避雷針に落ちたのだ。避雷針に落ちたから安全なのだ」
「そうなの?」
「なんだ?知恵のあるやつかと思ったが、無知なようだな。とっととリンゴを食ってこい」
ヘビが言うと、バサッ、バサッと大きな鳥がやってきて、イノシシを持ち上げて飛んでいきました。
やっと安全なところに着いたかと思いきや、またまた空を飛んでいます。
「あれ?ニワトリさん、空を飛べたの?」
イノシシを掴まえて飛んでいるのはニワトリでした。空は飛べないはずです。
「そんなこと言わないでよ。飛び方を忘れちまう」
グラグラとして、ニワトリは落ち始めました。
「わ!わ!わ!落ちる!大変だ!トリさん、早く飛んでよお!」
「自分がニワトリであることを思い出しちまったから、もう駄目さ」
イノシシとトリは、ヒューッと落下していきました。
ドンッと、大きな柔らかいものの上に落ちました。
「ああ、良かった。助かったあ」
イノシシは、ホッと胸をなでおろしました。
落ちたのは、ウシの上でした。
「ンモーッ!食べてすぐ寝ようと思ってたのにぃ!」
ウシは怒って、角にイノシシを引っ掛けると、遠くに飛ばしてしまいました。
またまた空を飛ぶイノシシです。
こんなに空を飛んだのは、生まれて初めてです。
「僕はどこに行くんだろう」
大掃除が嫌いな読者の皆さんはわかっていると思います。
この話には十二支が出てきました。でもまだ出ていない干支があります。あと3つあります。
だからそのうちのどこかにイノシシは行きます。
どこだと思いますか?
どこだとしても、もうすぐこの話は終わります。あと残り3つだからです。
イノシシが着いたのは、牧場でした。
牧場では、ウマのお母さんが赤ちゃんを産んだばかりでした。
ウマの赤ちゃんは、生まれてすぐに立ち上がります。
何のために?
そう、イノシシを蹴飛ばすためです。
赤ちゃんウマに蹴飛ばされたイノシシは、またまた空を飛んでいきました。
イノシシが着いたのは、ゴミ捨て場でした。
そう、この話は大掃除の話なのです。だからゴミ捨て場には、どうしても行かなくてはいけません。
ゴミ捨て場にいたのは、イヌでした。
毛が汚れて真っ黒になった、薄汚い野良イヌです。
今は野良イヌの数がめっきり少なくなってしまいましたが、昔は日本にもそこら中に野良イヌがいたのです。そんな野良イヌです。
野良イヌだからゴミを漁ります。
そんなところにイノシシが飛んできました。
イノシシはゴミの山に盛大に落ちました。
バッシャーンとすごい音がして、ゴミが散らばりました。
臆病な野良イヌは、それで逃げていきました。
「ありがとう」
「ありがとう」
イノシシは小さな声で感謝されるのを聞きました。
「え、なに?」
「ありがとう」
「ありがとう」
声はまわりからしていました。
「わたしたちは」
「わたしたちは」
「ゴミです」
「ゴミです」
見ると、ゴミたちに小さな口が付いて、喋っていました。
「わたしたちは」
「わたしたちは」
「イヌに食べられるところでした」
「イヌに食べられるところでした」
「助けていただいてありがとう」
「助けていただいてありがとう」
ゴミの言葉が聞こえるなんて、どうかしちゃったのだろうかとイノシシは思いました。
「だってあなたは」
「だってあなたは」
「ゴミだから」
「ゴミだから」
とゴミたちが言いました。
僕はゴミじゃない、とイノシシは思いました。
「あなたはゴミよ」
「あなたはゴミよ」
とゴミたちは言いました。
「僕はゴミじゃないよ!」
「あなたは他人を悪く思ったし」
「あなたはエッチなことを考えたし」
ゴミたちは喋り続けました。
「そのくらいいいだろう!?」
「あなたは八正道のうちの正見、正思、正語を犯しました。仏陀の教えに反しています」
「あなたは心の中で姦淫を犯しました。キリストの教えに反しています」
「よって」
「よって」
「あなたは」
「あなたは」
「十二支失格です」
「十二支失格です」
「うへえ、助けてくれ!」
イノシシは慌ててゴミの山から逃げ出しました。
逃げて逃げて着いた先は・・・。
あと十二支で何が残っていましたか?ちゃんと自分で考えてから続きを読みページましょう。手洗いうがいも忘れずに。
たどり着いたのは、そう、ネコの国。
ネコの大統領がいて、ネコの兵隊がいて、ネコの先生がいて、ネコの奴隷がいて、ネコの詩人がいる。そんな国です。
ネコの国には、ネコが一匹しかいません。だからネコの国はこの世で一番平和な国なのです。
そんな、ネコの国の大統領かつ兵隊かつ先生かつ奴隷かつ詩人のネコが言いました。
「良かった良かった。この国には毒味役がいないんです。このリンゴを食べてください」
ネコの手には、金色のリンゴが乗っています。
「嫌だよ。これ、毒リンゴだろ」
とイノシシは言いました。
「僕たち十二支は大掃除の最中なんです。リンゴを食べるとお腹が綺麗になります」
「君が食べればいいじゃないか。君だって十二支なんだから」
あれ?なんかおかしいなとイノシシは思いました。でも、それがなんなのかわかりません。
お腹がペコペコで物を考えられなくなっています。
「あなたはリンゴを食べねばなりません。頭の中が空っぽだと、何も考えることができません」
ネコは無理矢理イノシシにリンゴを食べさせました。
「あ、やめてくれ!」
イノシシの体にリンゴの毒がまわります。
イノシシは気を失って倒れてしまいました。
気がつくと、そこは教室の中。
「イノシシさん、消しゴム落としましたよ」
「あ、君はネズミ君」
そうだ、十二支であと残っていたのは、ネズミだった、とイノシシは思い出しました。
どういうわけだか、頭がスッキリしています。
「早く大掃除を済ませてしまいましょう」
「済ませてったって。みんな手伝ってくれないんだもん。僕だけにやらせて、ひどいよ」
「何言ってるんですか。もうみんな自分の担当をやっちまいましたよ。あと残っているのは、イノシシさんだけです。早く机の落書きを消してください」
「なんだって?廊下は誰が掃除したの?」
「ウサギとトラでモップがけしました」
「体育館のバスケットボールは?」
「ヒツジの毛で磨いたからピカピカです」
「屋上はどうしたの?」
「あそこは危ないですから、空を飛べるタツです。避雷針はヘビが巻きついて綺麗にしました」
「じゃあ、ウシとウマは?」
「運動場に生えた草を食べてくれました」
「サルとイヌは?」
「仲良くゴミを捨てに行きましたよ」
「トリはどうしたの?」
「トリはトリ小屋の掃除ですよ」
「ネコは?」
「やだなあ。ネコなんていませんよ」
「じゃあ、君はどこを掃除したの?」
「決まってるじゃないですか」
ネズミは芯だけになったリンゴを出しました。
「リンゴの芯にまとわりついた、身を掃除してたんです。ゲップ」
「あ、それ僕のお弁当!」
「やだなあ。細かいところをいちいち気にしてたら、大人物になれませんよ。生きているうちに大人物にならないと、あの世に行ってから福沢諭吉さんに・・・」
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