序章

2/5
前へ
/304ページ
次へ
 「尾上警部」  振り向くと、所轄駐在所から派遣された平塚巡査が敬礼の姿勢で立っている。 「目撃者を連れてまいりました。教祖の世話役だそうです」  青白い顔の、痩せた女を伴っていた。 「ご苦労。話は私が聞く。君は吉田君を手伝ってくれ」  顔なじみの若い巡査に指示を与えると、手帳を取り出して女と向き合った。 「世話役とは、普段どんな仕事をするのかね」  事件とは直接関わりのないことから尋ねたのは、相手の緊張を解くためだ。 「お着替えなど、千姫様の身の回りのお世話をさせていただいております。その他には、客人の接待なども」 「なるほど教祖は千姫というのか」  政界にも信者がいるという千姫の噂は耳にしていたが、敢えて知らないふりをする。 「はい。大変な霊力をお持ちの、巫女様でございます」 「ここには長いのかね?」 「かれこれ十年ほどお世話になっております」  伏し目がちに話す女からは何の感情も伝わってこない。恐ろしい惨劇を目の当たりにし、一時的な麻痺状態にあるのだろうが、話は聞けそうだった。刺激しないよう、もの柔らかに尋ねる。 「あなたも辛いでしょうが、捜査のためです。何があったのか、一部始終を話してもらえますか」  こくりと一つ、からくり人形のように頷いた後、女は訥々と話し出した。
/304ページ

最初のコメントを投稿しよう!

62人が本棚に入れています
本棚に追加