おはよう。そしてさようなら

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おはよう。そしてさようなら

息を吐く。ザリザリとコンクリートの地面をナメクジのように這っていく。右足が痛い。爪で地面に立てて身体を引っ張る。決して、決して右足は見てはいけないと頭が警告していた。 「しに、死にたくない」 息が荒い、命の灯火というものがあるのなら、俺の中から少しずつ、少しずつ漏れでているのかもしれない。 ぺた。ぺた、ぺた、ぺた、ぺた、ぺた。 スー、スー、スー、スー、スー、スー。 裸足の足音がする。真っ赤なワンピースになぜか日本刀を持った黒髪の長い女がゆっくりと歩いてくる。足音と日本刀の切っ先で地面を引っ掻きながら歩いてきている。 「なんで、なんでこんなことになるんだよぉ…………俺が何かしたのかよ…………」 「…………」 返事はない。無言のまま日本刀が振りかぶられ、俺は目を閉じた。どうして、こんなことになったんだっけ? 何か悪いことをしたか? わからない。 その日はいつも通りの日常だった。いつも暑苦しい筋肉だるまの担任が何か言っているけれど、昨夜、徹夜でゲームしていたせいで眠い。 「あー、いいか? ここ数日、学校の近辺で刃物を持った不審者の目撃情報が警察からあった。軽症だか怪我人もでている。いいか? 興味本位で探そうとするんじゃないぞ?」 はーいと同級生達が適当な返事をしている。夢心地のまま俺は頬杖をついて適当に聞き流していた。 「君、クビ」 「あの、俺はどこにでもいる普通の高校生でして、会社員じゃないんですが。どういうことですか? 部長」 放課後、睡魔と退屈な授業を何とか乗り越えた俺に部長こと、本堂由美子[ほんどう、ゆみこ]は開口一番に言った。 「君が普通の高校生でも、会社員だろうが、クビよ」 本人曰く、生まれつき目が悪いから目付きが悪いのよと自称する部長。(なぜか、メガネやコンタクトはしない)眼光鋭く彼女は言う。 童顔でおかっぱの美人さんなのにもったいないなぁーと思いながら俺は彼女に尋ねる。あと俺は部員であって雇われたつもりはない。 「だから、理由を教えてくれると助かるんですけど」 「まぁ、簡単に言うと、我ら文芸部は二年生のバカップルが不純異性交遊で警察に補導されちゃって、片方が退学。もう片方も自首退学しちゃって自動的に文芸部は廃部になったのよ」 あー、あのバカップルか。この少子高齢化の時代にところ構わず発情している天然記念物だった。文芸部に入部した目的もなんとなくわかっていたけれど。 「って一大事じゃないですかっ!!」 「うん。私と君の二人じゃ部員不足で自動的に廃部。残念ね」 「残念ねって、こうなんかないっすか。今から部員集めるわよとか、青春みたいなやつ」 「ないわよ。私、三年生で今年、受験生だし、仮にこの部室に宇宙人、未来人、超能力者がいても部員にはなれないわ」 「どっかの鈴宮さんじゃないんですから」 「あ、やめなさい。これ以上は言ってはダメよ。著作権って怖いんだから」 「そういう危ないネタをふらないでくださいよ」 いや、仮に居たとしたら、そいつらを部員に面白おかしい日常を送れるだろうけど、現実は厳しい。傍若無人な女子高生もいやしない。 目の前にいるのは、面倒なバカップルを部室から追い出してさっさと受験競争という荒波に挑もうしている部長。いや、元部長がいる。お疲れ様です。 「なんだか褒められた気分ね」 「褒めてないです」 「そう?」 「はい。廃部なんですね」 「ギャグ? 笑えないわよ」 「笑わせるつもりはありませんよ」 こうして我らが文芸部はどっかのバカップルのせいで強制的に廃部になってしまった。これが何かの物語の冒頭だったのならとびきりの美少女が現れて新しい部活動を始めようと勧誘されるかもしれないけれど、残念なことに誰も現れなかった。 三日後には別の部活動の部室になるから、片付けておくようにと部長は言って部室を出ていく。さようなら、我らが文芸部。くたばれ!! バカップル!! バルス!! 滅びよ!!  「はぁ、これからどうするかなー」 数十分後、元部長から部室の後片付けを押し付けられたのだと気がつくのはもう夕暮れ時になっていた。
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