第七章

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第七章

 二那川はこれまで相月のシノギの根幹である麻薬絡みのルートを潰すことに力を注いできたが、その末端である芸能関係への調査はまだ手薄だった。  久城がいなくなって以降、その視点からもう一度相月の動向全体を洗い直したとき、ここ数ヶ月で超のつくセレブを連れて軽井沢に頻繁に行っているという新情報が入っていた。  ゆえに久城が『叔父貴は軽井沢の別荘でVIPと会っているようだ』とテキストを打ったと聞いた瞬間、ひらめくものがあった。両者は絶対に無関係ではないと。  相月が企業舎弟として抱える業種はパチンコや地上げではなく、芸能や水商売関係のものが多い。彼の得意分野が違法麻薬や合法ドラッグであるがゆえの、手元で完結する需要と供給の輪を作り上げているといえる。  その中で軽井沢と特に縁がありそうな者を探したところ、該当者がいた。  法人個人を問わない会合、イベント、パーティーなどを企画してセッティングする中堅のイベントプランナー会社である。  個性的で才能あるクリエイターをスカウトし、有名芸能人のコンサートも請け負うようになってから徐々に業績も知名度も上げてきたこの企業が反社と繋がっていると知ってか知らずか、かなりの大口顧客がリピーターとして定着していた。社長の澤本はウェブ記事やベンチャー企業特集などによく写真が載り、SNSでも銀髪に染めた長髪姿をアイコンにしてフォロワーも多く獲得している、四十代の働き盛りだ。  「このイベントプランナーと公的あるいは私的に付き合いのある者のうち、軽井沢に別荘を持っている財産家を洗い直しました」  野脇に久城の前を洗うよう頼んでから五日が過ぎ、多忙のあまり、二那川も渋谷も事務所近くにある定宿のシティホテルに連日泊まっていた。  情報がまとまったとのことで渋谷が二那川のスイートルームを訪れ、リビングのソファで報告を始めた。 「それで?」 「アンダーグラウンドの資金も辞さないベンチャー系の新興企業に狙いを絞り、まず保有財産が非常に潤沢な連中で五名、さらに政財界との人脈がありそうな奴で二名に。その中の、DコーポレーションのCEOが所有する別荘を調べると『Diamant』に出入りしている客が何度も訪れています。間違いないと思われます」 「大京か。奴ならたしかに有りうるな」  二那川は煙草の煙を燻らせながら、Dコーポレーションの別荘概要や『Diamant』共通顧客リストの書類を捲った。  くだんの男は新興宗教団体主催のパーティーで遠目に見かけたきりだが、いかにも野心まみれの口舌と、中肉中背の風貌は印象に残っている。オールバックで露にした五十五歳の額は人工的な日焼けで浅黒く、その肌が照明を反射してぎらつく様は品性というものからもっとも遠かった。  札束に点けた火でいずれ豚のように焼かれるだろう大京と、焼かれてでも札束の灰を集めずにはいられないだろう相月。似合いの組み合わせだ。  そのやり手コンビの中に、年齢も経歴も能力も異質な横河がどうやって割り込んだというのだろうか。  相月のシノギを潰すために何とか近付いて、相手を取り込んで帳簿を手に入れたのか?  ――あの相月からそんな離れ業は無理だ。  ならば架空の手柄を作ろうと横河が帳簿をでっちあげたのか。  ――叔父貴の子分がそこまで頭が回る連中なわけがない。相月の抱える部隊ならともかく。  久城に仕事を手伝わせたいという主張が大嘘であるのは二那川もはじめから判っている、自分への怨恨が大半だと。しかしこんな軽率な意趣返しをすれば、いみじくも野脇に『自分にも考えがある』と二那川が言い放ったように、いくら証文があろうと後々の大きな報復は免れない。いくら横河といえどそこが読めないわけがないだろうに。  となると、その報復は起こらないと見なしていることになる。  ――俺が叔父貴に何もしない、できないという、その自信はどこから来る?  思いきった行動に出られるということは、何らかの形で横河が二那川を出し抜くか勢力を大きく伸ばすことで、二那川の組内での勢力減衰が起こると予測しているのだ。  久城は『今後一週間は頭の安全に気を付けろ』とも書いたが、もしそれが二那川の生死を直接左右することだとすれば、さすがに組内部の大闘争に発展してしまいリスクが半端ない。ならば、地位や名誉を著しく毀損する何らかのアクションを起こすと見てよいのではないか。  ――なるほど……そういうことか。  横河から相月にコンタクトを取ったのではない。逆だ。  二那川の脳裏で、すべてのピースがぴたりと隙なく嵌ってゆくのを感じた。野脇組分裂の画を描き、横河を背後から操っているのはむしろ相月だとすれば、性格でも能力でも辻褄が合う。 「相月め、俺に追いつめられそうだと見るや、叔父貴を取り込みやがったな」  煙草を灰皿に置いた二那川が吐き捨てるように結論づけると、渋谷も眼鏡の奥の瞳をありありと曇らせる。 「そちらの方が、可能性が高そうですね……」 「それ以外にありえん。叔父貴は関東だけじゃなく甲信越方面に古い知己がいるとかで、昔から新潟や静岡で私的に会っている。軽井沢に別荘は持ってないはずだが、足を延ばしてもまず疑われない地名だ」
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