第九章

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 相月が頭を撃ち抜かれたようにびくりと肩を震わせ、たるんだ首に皺を寄せながら顎を捩る。二那川の本気を知ると、細い目をゆっくりと見開いた。  酒と欲に濁った佞姦の虹彩が空間をさまよう。  しらを切るべきか、それとも寝耳に水と驚いて見せるべきか、芝居で切り抜けるか迷っているようだ。  ソファの上で潰れた饅頭のようになっている頬を歪め、唇を何回も舐めながらついに選んだのは一番最初の選択肢であった。 「別荘……? 大京って、あのDコーポレーションのか? いきなり何を明後日なこと言い出してんだか、そんな超セレブの別荘なんざ、ヤクザの俺がお呼びなわけねえだろが」 「ほう。手前の企業舎弟の澤本を別荘のパーティー企画に送りこんで、奴の会社を通じて大京や中島組がマネロンしているのもこっちは掴んでるぜ。“お客様”の企業経営者らもパーティーで商売を斡旋したりされたり、セレブの脱税とインサイダーの天国じゃねえか。どこぞの元王子やら、乱交やヤク好きの政治家の息子やら、なかなかの面子を揃えたもんだな」  何かに思い当たったように、卑しい笑みが相月の下唇を膨らませた。  媚びもあからさまな、檻をすり抜けようとするねっとりした猫撫で声が二那川に投げられる。 「そんなカリカリすんなよ、二那川」 「何?」 「贔屓の弟分が横河んとこに行ったくらいで、ガキのように八つ当たりしてんじゃねえっつってんだよ。野脇の(カシラ)を張ってるわりに大人気ねえな」  二那川の瞳がさらに獰猛な光を帯びて据わり、端整な面立ちにうすい嘲笑が浮かんだ。  今にも相月の頸動脈を噛み切らんばかりの、本能に支配された獣のそれ。  懸命に保っていた虚勢の顔色がじわじわと二那川の殺気に燃やされ、灰色へと変化してゆく。 「相月。どこでそれを知った」 「っ……?」 「叔父貴はその“弟分”を一切表に連れ出しちゃいない。そいつが俺の許から叔父貴の処に行ってることを知ってるのは、当事者と組内でもごく一部だ。普通は手前の情報網にさえ引っかかるはずがないんだがな」  しまったという動揺がついに相月の顔全体を覆い、蒼白となった。 「語るに落ちたな、相月。手前の携帯電話に今、軽井沢で叔父貴とセレブが未成年淫行かヤクにでも興じてる画像があるはずだ。そうでなきゃならねえんだ。いざって時は写真を俺に見せて、マスコミに流すだとか、お上の揉み消し工作で組が潰されるとか脅しを掛けてここから逃げる算段だったんだろ? 悪いが俺はそれを待ってたんだ、叔父貴にたっぷりと(おもり)括りつけて大阪湾に沈めてやりたいと思ってたところでな」 「―――っ!」 「いいか、手前のネタは全部掴んでる、今さら足掻くんじゃねえよ。叔父貴だけじゃなく別荘のパーティに来た連中を全員隠しカメラで撮影してるだろ。そいつも出せ」 「じ、冗談言うな、どの場所でもそういうことしないってのがウチの信用で売りなんだ。あるわけないだろ! ってか、ない! ないぞ!」  観念して陥落した相月の、これだけはという必死の否定を、二那川はせせら笑った。 「お前の性格からして、お宝画像をしこたま溜めこんでなくてどうする。一蓮托生に巻き込む気満々で叔父貴や他の連中の動画も保存して弱みを握ってなきゃ、中島組がこうまで強気にうちに嘴突っ込めるものか」  こういう男は計略を張りめぐらせてその通りにことが進んでいるときは図太いものの、筋書きを逸れると途端に腰抜けになる。横河よりも知恵は回るが、つまるところは同類なのだ。悪寒に襲われたように脂汗を垂らして顎をカタカタと鳴らし始め、物も言えなくなった相月に舌打ちした二那川はカウンターの正岡に顎を振った。 「仕方ねえな、縛り上げて指紋認証解除だ。効かない指は落としていけ」 「畏まりました」  高級フレンチの皿を運ぶ給仕さながらサバイバルナイフと金槌、ザイルを上品に持ってくるバーテンダーの足音に、相月が突然日本語を思い出したように上ずった声で絶叫した。 「ちょっ、待て、待て待て! わかった、わかったから出す、指は待ってくれ!! 俺のジャケットの右ポケットだ!!」 「渋谷」 「は」  正岡が手際よく相月の両手両足を縛り上げ、丸太のように床に転がす間に渋谷は携帯電話のロックを指紋認証で解除した。  画面をスクロールし、ご丁寧にもフォルダ分けされていた三十枚ほどの画像を発見すると二那川に差し出す。 「他の画像はどうせ安全な場所にスタンドアロンだな。後でうちの“狂犬”がじっくりと話を聞かせてもらう、安心しろ」 「二那川……お前、どこまで知ってるんだ……!」 「全部だと言ってやったろうが。ヤクのルートを俺に探られそうになった手前が横河の叔父貴の不満に目を付けて、でっちあげ帳簿を握らせて手柄にさせる予定だったのも、そうやって俺を潰すか組を割って、いずれにせよ叔父貴を傀儡にするつもりだったのもな」  二那川はおのが携帯電話に画像が全部転送されているか確認しながら続けた。 「政財界の連中ともつるんで、叔父貴をダシに皆で甘い汁を吸う。そのためには叔父貴を懐柔しなきゃならん。内緒事にだってたまには連れて行かなきゃ奴は拗ねるし、手前らを信用してもらえない。軽井沢の大京の別荘にもあえて案内して、裏同盟の完成を目論んだ――それが命取りだったな。叔父貴はひどい生活習慣病に不眠も加わって判断力が鈍ってる。別荘の在り処を口走るわ、帳簿を手前から受け取ったら俺の弟分に見せるわ、なかなかの無能ぶりだったぜ」 「くそっ、あのボケジジイが!!」  相月がどす黒い怒りを床に吐き捨てるように叫んだ。
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