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寺の敷地内の庭奥にある平屋が、野脇の選んだ場所だった。
もともとは倉庫だったのを、行事に使うために住職がコンクリ造りで建て直したものだという。
近所の子供を集めての書道教室も定期的に行われているとのことで、入口には堂々たる達筆による手作りのポスターが貼られ、座敷に繋がる廊下には朱筆でところどころ指導の入った、たどたどしくも爽やかな生徒たちの作品がたくさん掲示されている。
その前に表裏問わぬいかつい黒服の男たちが佇み警護する情景は、傍目にも違和感はなはだしく、とうてい心和む情景とは言いかねた。
「そちらにどうぞ――お前、茶出し終わったら襖閉めとけや」
野脇が甲斐に席を示しながら、山本にも指示する。
三十畳の広い座敷は集会専用のためか必要最低限の造りで、中央に座卓が置いてある。
庭が見える掃き出し窓を背にする位置に野脇と二那川が座り、甲斐は上座に誘導した。
住職の奥方が気を遣って魔法瓶に入った湯と急須、湯呑と茶托のセットを揃えたものを盆に乗せて置いていた。山本がきれいに並べるも、甲斐は断る手つきをした後で、自前のペットボトルを見せた。彼のような公僕は饗応と誤解される行為を徹底的に忌避する。判っていた野脇も二那川も気にせず、お互い座椅子の座布団に端座すると名乗り合った。
二那川は久城の父の同期だという男を改めて座卓越しに観察した。
写真でも経歴でもある程度の輪郭は掴んでいたつもりだったが、甲斐朋数と名乗った男の凛然を一目見ただけで、この男が友人と遇した久城義明の人となりまでもが鮮やかに浮かび上がってくるようであった。
長い話になりますからな、という野脇の声を合図に三人とも端座から胡坐に代わると、自分たちの茶をまず含む。
口火を切ったのは、甲斐の方からであった。
「あの墓所を突きとめてまでのわざわざのお話とは、なんでしょう」
「ほう、ええ男やのにお人はなかなか悪い。ようお判りでっしゃろ、T大学と警察庁でお宅と同期だった久城義明氏と、彼の夫人にも絡むことですわ。家族ぐるみのお付き合いやったと聞いてまっせ」
「墓所でご覧になった通り、もう十四年も前に亡くなった方々です。今さら何がどう貴方がたに絡むと?」
軽いジャブを受けとめることなくことごとく頑なに打ち返す、もっともな反応だった。警戒して尻尾を掴ませようともしない。
野脇は粘り強い姿勢を崩さず、諦めも怒りもしていない語調でやんわりと応じた。
「今さら、か……そうや、わしもそう言いたいところやし、墓を掘り返すようなことはしたくないが、そうも行きませんのや」
刀を構え直すように語尾をそこで切ると、ずばりと要所に斬り込んだ。
「義明氏の弟の須之内次郎に襲われ、全焼した家で亡くなった夫妻の一人息子は、うちにおる久城瑛人ですからな。お宅もようご存知でっしゃろ――瑛人の戸籍は綺麗に弄られて一見は義明氏とは無関係になっとるが、義明氏と瑛人はいかんせん顔がそっくりや。他人の空似とか誤魔化しても無駄でっせ」
「………」
甲斐は観念したように大きく肩で息を吐くと、野脇と二那川を険のある眼差しでゆっくりと見遣った。
「――存じております。瑛人君のことは追跡調査を随時させておりますのでね。ついでに申し上げれば、彼の過去をイレーズしたのも我々です」
「ほう。まさかとは思うとったが……」
野脇が左の眉尻を上げ、座椅子の背もたれに上体を大きく預けた。
「道理で、奴の身元を調べてもなかなか出てこんかったはずよな。さすが公安やな――そこまでしたのは、警察庁元幹部の息子と須之内とわしらの繋がりを知られたくなかった?」
「当局の最大の目的は事件の完全な揉み消しでした。このA県内で強い勢力を持つ久城家の、表沙汰にしたくない意向も加味された上での措置です。瑛人君が夫妻の子であることが漏れれば、スキャンダラスな事件を蒸し返される恐れがありますから――瑛人君を介しての我々とそちらとの縁を遮断することになったのは、副次的な効果ですね。もっとも、最近のブン屋たちは命が惜しい俗人たちがほとんどだ。踏みこんで良い領域は充分心得ていますから、結局は“念のため”という表現が最適になるでしょうか……実際、瑛人君や貴方がたの周辺を嗅ぎまわられたことは一度もないはずです」
さらりと語られる冷徹無比の内容に二那川は内心苦笑した。
野脇組二代目と若衆頭を相手にして怯むどころか、公安組織すべてを向こうに回して命を張るつもりかとカードを並べ、暗に脅してきている。
官憲も一皮むけばこれだ――交渉の場においてより有利な立場を奪おうとする手口、闇の差配をためらわぬ剛腕、いったい裏社会のヤクザとこれらになんの違いがあるものか。
野脇は同類を発見したとばかりに面白そうに哄笑すると、身を乗り出した。
「わざわざそないな面倒なことせんでも、久城がうちに入ろうとしたときに止めとけ言うてたら、追跡の手間も掛からへんかったんとちゃいますか」
「普通であれば。しかし当時の彼の境遇は“普通”ではなかった。ですから私が彼の過去をイレーズした目的は、当局のそれとは若干違います――それよりも、そちらこそさすがですね。我々が大半を操作変更したにもかかわらず、残りの情報を精査してついにここまで辿りつかれた」
「極道界にも情報網はありますさかいな。ま、正直ゼニはようけ掛かりましたわ」
「まさか元県警本部長の一人息子が幹部に食い込んでいたとは、さしもの二代目も思い及びもしなかったでしょう」
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