第十一章

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第十一章

 渋谷らはSPの警護の甲斐あって、無事に十五時過ぎに本部事務所に到着した。  待ち構えていた二那川は、PCスキルに長けて口も堅い者二名も加えた合計四名でデータの洗い出しを至急行った。  スタンドアロンのPCを何台か用意し、HDDをケーブルで繋いで手分けしてデータチェックに取りかかる。横河が確実に関西を不在にしていた日程と顔認識ソフトの両者を使って抽出した画像と動画は一千ほど。一般の防犯カメラは容量の関係で古いデータから上書きされてゆくが、この隠し撮りは基本的にほぼ上書きはしていないらしく、別荘が建築された直後の画像も相当な数があった。  非人道的な行為には慣れている二那川たちでさえ、顔をそむけたくなるようなシーンも多々あり、時々休憩を挟んだ。この分だと使い捨てにされた挙句に落命した無名の死体もあることだろう。  金も、地位も、名誉も天文学的な高みで手に入れ、法の裁きも我が身に及ばぬことを知ってしまうと、人はこうも鬼畜かつ野卑な刺激を欲しがるものなのか。文明や国家が入れ替わろうと人の(さが)は変わらない、ならば所詮は歴史の繰りかえしに過ぎないとも二那川は冷静に思う。  大衆をも動かせるという自惚れと傲慢と虚栄の結集ともいうべき、醜い怪物らの宴――彼らにとっては足元に踏みつけて操っている民衆なぞ、古代ローマの剣闘士さながら、親指の所作ひとつで命を左右できる程度の価値しかないに違いなかった。  その怪物らの集まりに幇間として密かに加わり、悪行に助力した相月と澤本はともかく、なぜ横河が己も同列に並ぶ者と勘違いできたのか、二那川は不思議で仕方がない。悪辣さも才幹も財も、小悪党の極道ごとき、いずれを取っても到底及ぶ器ではないというのに。  残りのデータも早送りなどでチェック後に、横河の写った一千のファイルを整理して部屋に野脇を招き入れるころには、十九時を回っていた。覚悟を決めた野脇の歩き方にも顔つきにも一切の動揺はなく、半時間かけて中身を確かめ終わると判りやすい画像をいくつかプリントアウトするよう命じて去った。  異例のTV会議システムでの幹部会で、幹部らに見せるためである。  その席上で、横河の絶縁処分が下される流れになっていた。   ※ ※ ※  対面での幹部会となると人数も動き、マスコミや警察にも嗅ぎつけられる。  何よりスケジュール調整に時間が掛かるのが問題で、野脇は各幹部の事務所に早めに導入させていたTV会議を使い、その日の夜八時に総勢十名の傘下組長たちを並べることに成功した。  横河はかねてから幹部会でも悪評高く、素行を疎まれていた。  野脇への忠誠心で幹部らも辛うじて黙っていたようなものだったがゆえに、横河が相月と繋がって偽の帳簿を手に入れるなどして背叛したという情報に意外そうな反応を示す者は一人もおらず、破門どころか横河を除名絶縁すべしという見解が大半の、静かな一致を見た。  が、野脇が背叛の証拠となった別荘のパーティー話をして、そのプリントアウト画像を提示すると、TV会議の画面上では喧々諤々の動揺が巻き起こり、野脇のデスクに置いてあるスピーカーがハウリングを起こすほどの騒動になった。 『こりゃまたえげつないのう、横河の横でY大臣の長男がラリっとるやないか! それに財務省や外務省の現役官僚、海外の元王族、DコーポレーションやWグループのCEOまで絡んどる、じゃと?』 『小娘もちらほら写っとるな、ハニトラならまだ可愛らしいもんやが、未成年淫行とシャブの組み合わせはなんぼ与党かて吹っ飛ぶて。こんなヤクネタが表沙汰になってみい、政治家どもは隠蔽で守られてもこの組は一巻の仕舞いじゃわ!』 『この様子じゃ仏さんも相当出とるで。なんちゅうことをしたんや、横河の兄貴と相月は! おやっさんもなんで気付いてくださらんかったんや』 『おやっさん、画面越しじゃ細かいところがよう見えん。ファイルを送ってくれませんかのう』  自分は発言せず、野脇の采配に任せるつもりで出席した二那川はあえて反論しない。   モニタに向かって手を上げ、いったん声を静めた野脇は、皆の言いたいことは良く判ると肯定した。 「本来なら元データを皆に送ってとくと見てもらいたいところやが、ネット経由でコピーを渡すわけにはあかんのや、危険すぎてな。横河を切ってうちに火の粉が掛からん猶予を与えてもらうかわりに、データは丸ごとサツに手渡すと約束しとるんや」  これではいそうですかと大人しく承服できるような者たちであれば、幹部にはなれないだろう。  猛者揃いの男たちは案の定いきりたち、呑めぬと猛烈な反駁を始めた。 『サツと取り引きしたんですか、おやっさん!?』 『兄貴、そんなことしようがそのネタをデカが組潰しに利用せんはずがない、なんでそんな甘っちょろい取り引きに応じたんや、兄貴らしゅうもないやないか!』 『甘い! 甘いで、サツがそんな礼儀正しい奴らかいな、ありえへんでっしゃろ!』 『二那川ぁ、お前も(カシラ)ならちったぁ意地見せろや、何か言いたいことはないんかい!』  どれももっともな意見である。  あえて言いたい放題にして鬱憤を解消させるため、無言のまま腕組みして耳を傾けていた野脇は、ここで否と示した。  「ええか。わしが取り引きしたのはただのデカやない、裏理事官も経験したトップキャリアや」  全国の公安組織の長たる裏理事官の肩書きを聞くなり、モニタの向こうの幹部たちから一斉にどよめきが漏れ、かまびすしい難詰がしんと鎮まった。 『元ウラやて――?』 『まさか、冗談じゃなかろう?』 『そんなエリートとどこで知りおうたんや、おやっさん』
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