第十一章

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 ここまでの状態になっていながら、あくまでこちらの体調を優先してくれたその厚情と意志の強さが、同性だからこそ胸に迫った。  自分の性技によってさらに昂ぶって行く過程や、低い呻き声に強く欲情してしまう。絶えず髪を撫でてくれる指の動きが、泣きたいほどに優しい。眼を合わせてしまえば涙を落としてしまいそうで、久城は睫を伏せたまま奉仕を続けたあとにローションを足すと後ろ向きになり、腰の上に跨った。 「久城、やめろ。そんな身体で出来るわけがない」 「いいえ……貴方なら、大丈夫です」  止められても、久城は肯じなかった。最後まで経なければ己の心身は収まらないことを充分判っていた。二那川の愛撫と、皮肉な話だが横河の暴行が、前準備を不要にさせている。そろりと腰を落とそうとしたとき、二那川がウエストに手を掛け、ぐいと胸に引き戻した。なす術もなく懐に崩れた久城の耳朶を舐めながら、欲を秘めた声が囁く。 「お前がいいというなら、つべこべは言わない。俺もお前が、欲しくてたまらない――いいか」 「そんなこと……」  俺の躯は、貴方のものです。そう答えると、二那川は微笑んだ。 「だったら、こっちを向け」 「それは――」  泣いてしまいそうな顔を、露な姿を見せたくなくて背を向けたというのに、対面でないと許さないと言われ、久城は困惑した。 「お前の顔を、見せるんだ」  やはり今度も、逃げていることを悟られていた。真正面から向き合おうと決めたはずでも、羞恥と引け目が無意識のうちに退路ばかりを探そうとする。そんな自分のことを、二那川は判ってくれているのだ。厳しくとも確かな誠意を前にして、逃避を図った自らを久城は恥じた。頷き、言われるままに二那川の腰を挟むようにシーツに膝を突くと、その脈打つ質量を身の裡に徐々に導き、収めた。  ――背筋から脳髄に、熱が走り抜ける。  この瞬間を、ずっと求め続けていた。横河がどれほど技巧を尽くそうとも応じなかった身が、二那川と一体になっただけで深々と満ち足りて、自然に吐息が漏れる。傷の疼痛よりも、二那川に抱かれている、彼の傍に確かにいるという至福がはるかに上回り、身体の感覚があやふやになるほどの悦楽が滾っていた。  あんなに恥ずかしかったはずなのに、実際にこうされてみれば、欲を煽られる手立てにしかならない。  二那川の視線が、顔から胸、腹からその下へとなぞって行く。そのくちびるの端には歪んだ笑み。久城の躯が彼の上でこうも淫らに変貌したことで、横河への優越感を抱いているのは明らかだった。  腿や背を撫でていた掌の動きが止まり、久城の姿勢を固定する。だが、向こうからは動かない。こちらのペースに任せることが、その身を労わる一番の方法だと知っているのだ。  緩やかに、久城は腰を揺らしてゆく。  すぐに二人の唇から、迅い呼吸が漏れはじめた。  二那川の声、肌の薫り、直に感じる硬い滾り。久城は喉を逸らして喘いだ。もっとも敏感な、内側のその場所を二那川にくまなく刺激されると身体中がおかしくなりそうだった。  咄嗟に口元を右手で覆うも、すぐに二那川に払われる。 「言っているだろう、いつも」 「あっ……二那川、さん……」  声を聞かせろという命令にうなじを染め、首を振って抗っても、手首を掴まれて何も出来ない。ほんのわずか二那川が身じろいだだけで四肢が火照り、喉から喜悦が溢れ落ちて止まらなかった。  彼とでなければ、この高みには決して辿りつけない。血肉を捧げてもなお足りないほど愛している、ただ一人の男とでなければ、命の温度を実感できない。  引き離され、横河に虐げられることで心身に穿たれた飢餓感が久城の自制を狂わせ、いつしか二那川の命令通りに嬌声を弾ませるようになっていった。 「っ……、はっ、……あ……っ――」 「久城――」  本当にこれ以上進んで良いのか、身体は大丈夫なのかと問う切迫の声に、久城は無我夢中で首を振った。 「……いいんです、二那川、さん……もっと……っ」  もっと貴方が欲しい、理性も忘れて涙目でそう訴えると二那川が上体を素早く起こし、久城の背を支えて揺すり上げ始めた。  熱く精悍な腕の拘束に肌がぞくぞくする。官能にうねる波が渦となって全身を巻き込んでゆく。シーツに押し倒されるなり胸元に吸い付かれ、舌先の擽るような愛撫に呼応した久城の躯が二那川を包み込む。その質量がさらに増した猛々しい刺激に、腰がびくんと跳ねた。 「ああ……!」  深い場所を侵され、背筋が痺れる。汗に濡れた逞しい首筋に腕を回し、傷跡に指を這わせて縋りつく。内襞を絶え間なく刳られ、二那川の腹筋に足の付け根を揉まれる。この身体を知りつくした男に弱い場所ばかりを立て続けに責められ、腰の奥が彼を搾るようにきつく収縮する。そこから生まれる法悦が遥かな頂を呼ぶ。まだ彼と融けあっていたいのに、もう持たない。 「は……、ああっ、二那川さん、あ、……っ!」  すすり泣き、名を呼びながら果てた瞬間、二那川もほぼ同時に達したのを確かに感じた。  愛しい男の生命を受けとめた至福のなかで、久城はぐったりと目を閉じた。
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