最終話:それから

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最終話:それから

 アイレは白いふかふかのベットで目を覚ました。身体中にまだ神速の反動が残っているため、ゆっくりと上半身を起こす。  周囲は金の装飾(そうしょく)(きら)びやかで彩られている。 「ここは……」  すぐに自分のベットに寄りかかりながらすやすやと寝ている人物を見つけた。 「フェア……?」  その瞬間、ドアがガチャリと開く。アズライトとインザームの姿。 「おや、ようやく起きたのですか」 「まったく、心配したぞい」 「シンドラは!? ヴェルネルは!? レムリは!? なんでフェアが……?」  状況が全く分からず、声を荒げながらキョロキョロと視線を泳がせる。するとアズライトの後ろから見慣れた金髪の髪の毛がひょっこりと顔を出す。 「あ、起きたんだっ! おはよう~!」  ルチルがいつものように浮遊しなたら、元気にアズライトの周りを飛び回っている。直後、鼓膜が敗れそうなぐらい叫んだ。 「ちょっと、耳が破けるかと思ったよ……」 「アイレくん、私が説明しますよ」  それからアズライトがあの後のことを話した。シンドラに腹部を突き破られたところまでは覚えていたが、その後ヴェルネルとレムリが二人でシンドラを倒したこと、アイレを助けたこと、ルチルを蘇らせてくれたこと。オストラバ城にいること。そして、 「あれから三日間!?」 「ええ、みんな心配してましたよ。特に――フェアさんがね」  アズライトがフェアに視線を向け、アイレも後を追うように顔を向ける。 「フェアが……」 「あんなに疲れておったのに今の今までずっと一睡もせんかったぞ。ご飯もここで食べるというて聞かんし、まったく心配をかけおって」 「いいな、いいな、仲良しこよしだねっアズアズ!」 「そうだね、ルチル」  アイレがフェアの白い頬を軽く撫でる。今までゆっくりする時間がなかったからか、とても可愛く見える。  アズライトが悲しげに口を開く。 「それからシンドラについてなんですが」 「まだ生きてるのか!?」 「いえ、そうではなく、古い資料に文献が残っていました。ジスティ、ラブコニーク、オストラバでの話をまとめると、シンドラは500年以上前に、家族や友人を当時の人間の手で皆殺しにされたそうです。あの時代、ダークエルフは不吉の象徴として嫌われており、奴隷として扱われるケースもあったみたいです」  アイレは黙り込んだ。シンドラの行為は決して許されない。けれども、自分が同じ立場であればどうしただろうと頭の中で考えた。  大切な家族、仲間が殺されてしまったら――。 「正直……私もシンドラと同じ立場であればこの世界を憎んだかもしれません。ですが、今は平和な世界に近づいたことを喜ぶべきだとも思います」  アズライトがアイレの心を見透かすかのように続けた。平和な世の中、その言葉を信じてヴェルネルとレムリはこの世界を最後まで必死に戦い抜いた。その気持ちを無下には出来ない。   「そうだな……。――他の皆は? グレースは?」 「彼らは――」  アゲートがアイレの身を案じてオストラバ王国まで連れて帰ると宣言し、各地から卓越した治癒魔法者を集結させてくれていたこと。  フェローは弟子の不手際は自分のせいだとシェルと共に冒険者を引退。クリアも辞めると言ったが、フェローがお前はダメだと止めた。  グレースは相変わらず元気でアゲートの計らいによりオストラバ王国の食事を全部タダしてもらい、今も街に繰り出しているという。 「そうか……。グレースは変わらなくて安心した。――レッグたちは?」 「ルクレツィア国にいます。ガルダスさんがラブラコークの権力者たちを捕まえて、彼らの残りの寿命について聞き出しています。シンドラの手ではなく、完全に未知の魔法で偶然蘇ったとのことですが、今のところ進捗はありません」 「そうか……なんとかなるといいな」 「ええ、そうですね」  話し声がうるさかったのか、ベットで寝ていたフェアがむくりと起き上がる。 「……ア……イレ……?」 「おはよう、心配かけちまって――」 「心配したんだから!」  寝ぼけた顔から一転して勢いよくアイレに抱きつく。アイレが痛いと言っても御構いなし。 「お~お~熱いねぇ~」  グレースが扉から現れる。紙袋には沢山の食料と口には美味しそうなパンを(くわ)えている。 「痛い、痛いって!」 「うるさい、ばかばかばかばか」 「アイレくん、明後日には動けますか?」 「明後日? 何かあるのか?」  ――オストラバ王都、二日後。  アイレは昔懐かしい龍車の上に乗っていた。しかし、ヴルダヴァのときとはと比べ物にならないほど背が高い。まるで本当のドラゴンのようだ。周囲はお祭り騒ぎで、一目見たいと街人が身を前に乗り出している。  花びらが舞い、子供たちは指を指して笑顔で手を振っている。  隣はインザーム、フェア、グレース、アズライト、ルチル、クリア。  アイレが目を丸くして声を漏らす。 「こりゃすげえなぁ……」 「ほぉっほぉっ、ワシは何度もあるがのぅ」 「それほとんどヴェルネルとレムリのおかげでしょ?」 「なんだか嬉しいです!」 「や~や~! どうもどうもっ! あたしがグレース様だよ~!」  どの建物にも色とりどりの装飾が煌びやかに輝いている。オストラバ王国中がアイレたちをお祝いしている。  そこにはオストラバ王国ではありえない他種族の姿もそこにはあった。 「ルチル、ここにいていいのかなぁ……」 「大丈夫だよ。父上が王に進言して法律を改正したからね。だけど、まだ受け入れられるのには時間がかかるだろうから、一緒に頑張ろう」  二人がひそひそと会話をしているとこにアイレが割って入る。 「これって(なん)なんだ……?」 「おや? 言ってませんでしたか? 勇者アイレ御一行の凱旋(がいせん)パレードですよ」 「聞いてないぞ……。別に感謝されなくても……」 「父上の立っての願いです。といっても、オストラバで勇者が誕生したと他国に武力を示すのと、これだけ派手にすればインザームさんの無実は証明されると考えた上でのことだと思いますが」 「なるほど……。一石二鳥だな。さすがアズライトの親父だ。フェローとシェルは?」 「そんなのに興味ない。だそうです。シェルさんもおなじく辞退しました」 「フェローらしいな」 「同感です」  アズライトは珍しく声を出して笑った、それからアイレはずっと手を振り続けた。その間も大切な仲間と会話を交わして疲れ果てるまで街中をぐるぐると廻った。  それから完全に傷が癒えるまでの一週間、オストラバ王国で貴重な時間を仲間と過ごした。 「本当に行くんですか? まだここでゆっくりしてもいいんですよ」  オストラバ王国の北門で、アズライトがアイレを引き止めている。アゲートのおかげで最高の装備を用意してもらったようでピカピカの洋服に身を包んでいる。  アズライトの隣にはいつものようにルチルがふよふよと浮遊している。 「パレードはさせてもらったが、俺はまだ勇者の器じゃない。最後もヴェルネルとレムリが仕留めてくれたしな。それに――魔物はまだ各地に存在してるんだろ? だったら俺の力はまだ役に立つはずだ」 「そうですか……」  はじめて会ったときからは想像もできないような悲し気な表情を浮かべる。ルチルが元気付ける。 「さみしいけど、また会えるよねっ!」 「もちろんだ。落ち着いたら、また遊びにくるよ」 「約束ですよ。――しかし言わなくていいんですか?」 「これは俺の我儘(わがまま)だからな、無理に付き合わせたくない。やっと落ち着けたのにまた過酷な旅を強いるのは可哀想だ」  アイレがアズライトとルチルに右拳を突き出した瞬間、街の方面から見慣れた耳が走ってきた。  片耳だけピンとしていて、髪色が綺麗に風でなびいている。右手にはレムリの魔法杖。  たどり着くや否や、膝に手を乗せて肩で呼吸しながらアイレに顔を向けた。   「黙ってどこ行くのよ」 「冒険の旅に出ようかと……」 「私を置いて?」 「……迷惑かなって……」 「あなた一人で旅が出来るわけないでしょう。今までだって何度私に助けられたと思ってるの!?」 「……そうだけど……」  フェアは怒っているのか悲しんでいるのかわからない表情を浮かべている。  居た堪れないとアズライトが仲裁に入る。 「アイレくんはフェアさんに迷惑をかけたくなかったんですよ」 「私はずっと隠れて生きてきたの。これからは思う存分、世界を見てみたいのよ」 「……でも、いいのか? ようやく安心できる場所を見つけたのに、また危険な目に遭うかもしれないんだぞ?」 「ばか、あなたが危険な目に合うなら私がいないとダメでしょ。――それにヴェルネルだってレムリがいたから勇者になれたのよ」  フェアの優しさにこれ以上甘えるのもどうかと思ったが、アイレは頬をぽりぽと欠いてお礼を言った後、丁寧にお願いした。フェアは満足そうによろしいと答えた。続けて、 「後、お見送りがしたいって」 「……お見送り?」  その言葉の後、アイレを呼ぶインザームの声が聞こえた。後ろにはグレース、フェロー、クリア、シェルの姿。   「まったく、ワシに黙っていくなどありえん」 「ちょっと待ってくれよ、なんで皆知ってるんだ!?」 「ま~あたしはこんな最高の王国を捨てて旅に出るなんて理解できないけどな~」  インザームはいつものようにヒゲをワシワシしながら怒って笑う。グレースはまた何かを食べながら、幸せそうな笑顔をしている。 「あたしとシェルもすぐ旅に出る。どこかで会えるかもな」 「僕は自分を見直して、アイレのような強い心を持てるように頑張るよ」 「アイレさん、がんばってください! 私たちも旅にでます! ――あれ?」  フェローとシェルの言葉で今までの出来事が走馬灯のように蘇る。  その時、クリアが発言の違和感に気づく。 「え、わ、わたしは!?」 「アイレ、クリアを連れていってあげてくれないか?」  フェローの申し出に、アイレとクリアが驚いて、 「ええええ、ど、ど、どうして!?」 「あたしとシェルは冒険者を引退したから簡単に国を移動することは出来ない。けど、クリアはまだ冒険者だ。この世界にはまだまだ学ぶこともある。それに――冒険者同士だと色々と都合がいい。困ったときは簡単に助け合えるんだ」 「えええええええ、あ、アイレさんはいいんですか!?」  クリアが両眉を挙げて目を見開いた後、アイレの顔色を伺う。  冒険者という肩書きがなければ、国家間の移動は制限される。 「俺は歓迎だよ。クリアがいるだけで安心だ――いてっ」  直後、フェアがアイレの頭を小突く。 「なんでだよ……」 「私のときとは嫌そうだったのに」 「意味が違うんですが……」  その後、インザームとグレースはどうするのかと気になった。 「二人はここ残るのか?」 「ワシはジスティ王国へ行くつもりじゃ、あそこには古い友人がおってな。酒を酌み交わす約束をしておる。ようやく大っぴらに動けるのだ。冒険は若いもんに任せるとしよう」 「アイレちゃん、私はいま食べ放題、飲み放題、さらに安心安全オストラバ王国にいるんだぜ? できれば死ぬまでここにいたい。ロックたちがいればなおんなじ事いってたのにな~」  インザームはこの30年間のことを思い返した。グレースはおどけて言った後、少しだけ残念そうに空を見上げた。  アイレはみんなの顔を見ながら今までの出来事を思い返していた。  辛く苦しい旅だったが、これからも頑張ろうと笑みを浮かべて。 「(みんな)ありがとうな。また顔を見せに時々戻ってくるよ。ここからは――俺の旅だ」  その場にいない人にも感謝の心を忘れないと右拳を突き出した。 「行ってきます! 師匠! シェル!」 「じゃあね、インザーム、(みんな)も」  ――それから。  シェルはフェローと共に十数年旅を続けた。世界に名を残すことこそなかったが、人知れず魔物を倒して人を救い続けた。  旅が終わると同時にシェルはクリアと再会してカルレ村で結婚式を挙げた。その後、二子を授かり生涯を仲睦まじく暮らした。  フルネームは、シェル・アトネ。クリア・エトワール。  フェロー・スカーレットは魔族と人間のハーフということもあり、シェルと別れた後、150年間も魔物と戦いを続けた。その後、小さな国で出会った人間の男性と結婚。子を授かることはなかったが、養子を引き取り大切に育てた。60年間の結婚生活を経て完全に隠居。旦那が死亡した後は、養子の子供と孤児院を設立。享年は不明。    レッグ、アーム、アイはガルダスの必死の健闘により、それから数十年は生きることが出来た。死ぬ間際、二度目の人生を最高に楽しい日々で過ごせたと三人とも満面の笑顔で感謝した。  存命中、何度かフェローとも酒を酌み交わした。  インザーム・カイトは7年後にジスティ王国でファベルと結婚した。子を授かることはなかったが、インザームの寿命が尽きるまで、二人は武器防具店を営みながら長い生涯を楽しく過ごした。  アズライト・シュタインは、グレース・スケッチ、ルチルクォーツとオストラバ王国で生涯を過ごす。騎士の名を取り戻すどころか、遥かに高い地位を確立させたことで王家の仲間入りを果たした。  12年後、オストラバは王国としては異例の民主主義国に大変革を遂げ、アズライトは国民の投票により王の座につく。アゲートとはシンドラ討伐後に和解している。それから2年後、グレースと結婚。ルチルとは父と娘のような関係として末永く一緒に暮らした。その後、一子を授かる。アズライトとグレース亡き後、ルチルはオストラバで二人の子孫を今もなお守り続けている。  アイレ、フェア、クリアはおなじく、数十年間をかけて魔物を討伐しながら世界各地を回った。  魔王がふたたび誕生することはなかったが、シンドラに勝るとも劣らない敵と何度も戦い、勝利を収めた。  いつしか、アイレは世界中からも勇者アイレと呼ばれるようになり、二人の魔法使いフェア、クリアと共にその名はヴェルネルやレムリの名を凌ぐほどに有名となった。  アイレとフェアも旅を終えると結婚した。プロポーズはもちろんアイレからで、誓いの言葉はとてもロマンティックだったとフェアはずっと語っていたが、その内容は誰にも伝えることはなかった。その後、冒険者時代に稼いだお金でジスティ王国に家を借りる。インザームから名をもらい、二人とも性はカイトと名乗った。アイレは引退後、王国直属の騎士訓練学校の先生となる。  フェアは趣味の編み物に魔法を付与して販売をはじめた。冬は暖かい、夏は涼しいハーフエルフのフェア特製の洋服はまたたくまに広がり、それはオストラバ王国にまで届いた。  また、収益の半分以上を自分のような孤児に毎年大量の寄付金を送った。結婚してから3年後に男の子と女の子を授かる。それぞれをヴェルネル、レムリと名付けた。ちなみにクォーターエルフ。  数年に一度、手紙のやり取りで(みんな)で集まった。ご飯を食べたり、誰かと誰かが決闘をしたり、子供同士で遊ばせたりと楽しいひと時を過ごした。  場所は巨樹(きょじゅ)の家がある無人島。  そしてアイレは、たくさんの子供と孫、最愛のフェアに看取られながら95歳でその生涯を終えた。フェアはハーフエルフだったが、古代禁忌魔法の使用で寿命が大幅に削られており、アイレの20年後に死去。  最後までアイレのことを大切に想っており、おしどり夫婦としても王都で有名だった。  フェアの遺言通り、墓には勇者ヴェルネルと魔法使いレムリの名も刻まれた。    この惑星は名前を付けるという文化はなかったが、アイレの死去、その功績を称えられ惑星アイレと名付けられた。    これはまた別のお話だが。  勇者ヴェルネル、魔法使いレムリは――。  シンドラを倒した後、どこか違う惑星、争いがなく魔物もいない――。  平和な惑星で目を覚ましていた――。
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