桜の下には

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 僕はわかってるよ。あの花が咲いたら、僕は死んじゃうんだね。  病室の窓から見える桜の木。テレビでは、各地でお花見をする人で賑わっているというニュースをやってる。  でも、ここの桜の下には誰も来ない。この桜は今まで一度も花を咲かせたことはないんだってね。  初めて入院したときに年配の婦長さんが言ってた。いつもつぼみまではつけるけど、花が開くことはないって。それから何度も入院してるけど、咲いたのを一度も見たことがない。  お兄ちゃんが言うには、桜の木の下には、死体が埋まってるんだって。あの木の下には誰も埋まっていないから、それで咲かないんだって。  冗談にしては面白くないけど、あの人は僕の前では平気でそういうことを言う人だから。外ではいい子さんしてるのにね。  でも僕は知ってるよ。本当の理由。なんであの桜が咲かないかっていうこと。あの花が咲いたら、僕が死んじゃうから。  なんでそう思うのって聞かれても、なんとなくわかるとしか言えない。去年入院したときにはそんなこと思わなかったけど、今年はわかる。わかっちゃったんだ。  それって、シキが近いってことなのかな。人間は死に近づくと、多分今まで見えなかったものが見えたり、聞こえなかったものが聞こえたりする。  このことはまだ誰にも言っていないんだ。だって言えるわけないだろ。お母さんやお父さんになんて。友達にも先生にだって無理だよ。  みんなの前では、早く良くなって、またみんなとドッジボールしたいって言わなきゃだめなんだ。ドッジボールなんて、僕ちっとも好きじゃないけどね。  だから、あの桜が咲かないのは、すごくよくわかる。だって、ずっと同じところに立って、見えるものといえば、空と太陽と病院だけなんだもん。  雨が降っても差す傘はない。風が吹いても隠れるところもない。人々は通り過ぎるだけ。毛虫ぐらいは来てくれるかもしれないけど、本当は体を揺すって振り落としたいんじゃないのかな。でも、僕はここから出ることができない。桜と同じで。  今日もお見舞いの人が来た。知らない女の人が3人だった。お母さんが嬉しそうに、自分が小学校の先生をしていたときの教え子だと言った。  みんなクラスの女の子たちが着ないような服を着て、しないような髪をして、香水臭かった。泣きそうに顔を歪めて僕を見て、かわいそうだね、早く元気になってね、と言った。  持ってきてくれた花を飾るのに時間がかかって、持ってきてくれたシュークリームを食べて、紅茶を飲んだ。シュークリームは全然味がしなかったけど、僕は甘いような顔をしておいた。  それでお母さんと、僕にはわからない言葉で色々と話をして、またねと言って帰っていった。その顔は嬉しそうだった。  あとでお母さんが、すごくありがたいことだと言っていた。僕は愛されているのだとも言った。僕はお姉さんたちは、入る学校を間違えたのだと思った。  夕飯のあとで一人になった。僕はなんだか疲れちゃって、すぐに寝てしまった。  すると変な夢を見た。とても綺麗な天使たちが空からいっぱい降りてきた。みんな銀色に光る、つるんとした服を着て、背中に羽が生えていた。  それがピカピカと光って、辺りが真昼のように明るくなった。光が収まると、たくさんの人たちが並んでいるのが見えた。その人たちは、みんなどこも見ていないような顔をして、どこかに歩いていった。  その中には、知った顔が大勢あった。昼間きたお姉さんたちが、昼間の格好のままでいた。誰も彼も無口だった。お父さんやお母さんもいた。お兄ちゃんや、クラスメイトたちに先生もいた。  病院のお医者さんに看護婦さんもいた。他にも近所のおばさんや、テレビに出てる人の姿もあった。みんなが向かっていったのは、桜の木の下だった。  そこには地下室があって、人々は階段で順に降りていった。全員が地下に入ってしまうと、ドーンというものすごい音がして、蓋が閉まった。  そこで夢から醒めた。いい天気だった。潔癖な青空に、無垢な太陽が輝いていた。僕はぼうっとして、何もないところを見ていた。なにかがおかしかった。  しばらくしてから、何がおかしいのかわかった。病院がない。いつも見ていた病院がなかった。変だと思って街を見ると、遠くの山まで綺麗に見えた。  そこにあったものはみんな消えていた。学校も公園も、コンビニエンスストアも僕の家も、みんなみんな消えていた。車も一台も走っていなかった。  静かだった。みんな消えてしまっていた。僕の頭の上には、空と太陽の他には何もなかった。あるのは一本の桜の木だけだった。  桜は今生まれて初めて花を咲かせていた。僕はお兄ちゃんの言ったことは正しかったんだと思った。僕はそこでしばらく花を咲かせて、やがて力を失って地面に落ちた。
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