lady boy

5/35
前へ
/35ページ
次へ
「……今謝れば許してやる」 「謝るって何を?お前もミラージュちゃんの髪は短いほうが好きなのか?それは悪いこと言ったな、俺も考えが足りなかったよ……今度からはショート派の意見も尊重するぜ」 「……ふぅ」 響は小さく息を吐き、拳を固めた。 そして本気ではない、手加減した殴打を繰り出した。 拳は鉄也の腹にぶつかる。 しかし力の伝わっていないパンチが通用するわけなく、鉄也は鼻がくっつきそうになる距離まで顔を近づけた。 生暖かい吐息がかかり、響は初めて表情を崩す。 「なんだこりゃ……」 「いや……」 「き、君たち何やってるの?」 教室の扉を開けて入室してきた女教師が狼狽えるように問うた。 水を差された戦いは、ここで終わり、生徒たちは各々の教室や席に戻る。 物騒な問題が起こっていたことは明白だが、響が教師を睨みつけると、彼女は俯いて黙った。 不自然で、それでいて微妙な表情をして響は鉄也を一瞥する。 そして何事もないように席に戻った。 鉄也は不満げに眉間に皺をよせて、どっかりと自分の席に座る。 女教師はおどおどと授業の号令をして、いつも通り勉学は始まる。 「で、ではまず英単語の小テストをします……プリントを配るので後ろに回してください」 やや呂律がまわっていない教師はプリントを配っていく。 配られたテストを見て、鉄也は背もたれに深く背中をつけた。 どうせ答えなど分からないし、解く気分でもないからである。 オタクのくせに好戦的な鉄也はじっと響の背中を見つめた。 「……クソ」 響はプリントの上で適当にペンを走らせる。 彼もまた英語のテストを解く気分ではない。 心臓が激しく動き、顔の色が赤くなる。 くしゃくしゃと茶色の髪を掻き、深呼吸する。 精神が正常ではいられない。 野暮ったく下品な男に対する恋心…… 井上響は中村鉄也に恋をしていた。 これは誰にも漏らせぬ1つ目の秘め事…… そしてもう1つは…… 響はそっと振り向いてみた。 愛しの男がこちらを睨んでいる。 その敵意さえ、響は肯定的に受け取ってしまう。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加