狼さんは戻りたい

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※ ※ ※ 委員長と初めて会った日の翌日。 俺は手作りクッキーを持って風紀室に向かっていた。 委員長はコーヒーをよく飲むらしいのでコーヒーに合うメープルシロップのクッキーにしてみた。口当たりも軽めにして、味が甘くなりすぎないように気をつけた。 早い時間帯に寮を出たので校舎内は人通りが少なく、静かだ。 長い廊下歩いていくうちに風紀室が見えてくる。 だいぶ早く来てしまったが、大丈夫だろうか? 扉の前に立ち、軽くノックをする。 「入って大丈夫ですよ」 落ち着いた清らかな声が聞こえてきた。 重厚な扉を開き、室内に入る。 「これお願いします!」 声が飛び交う。人が忙しなく動き回り、電話の音が鳴り響く。 「A倉庫裏で制裁です!」 「手が空いている人を適当に連れて行ってください!」 「委員長!こちらが残りの報告書です!」 「ありがとう。完成した書類はそこに纏めてある」 「了解っす!それは後で俺が届けます!」 忙しい時間帯に来てしまったようだ。 一度教室に行ってからまた機会を見て訪問させてもらおう。 そう考えた俺はくるりと身体の向きを変えた。 教室に向かって歩き出そうとした時だった。 肩を掴まれ引き止められる。 「今、手が空いているだろう?体育館に向かうぞ!」 この人、俺を風紀委員と勘違いしているのだろうか? 話の内容からして間違いない。 「いや俺は風紀委員じゃな……」 「急げ!」 腕を掴まれて走るように催促される。 話を聞く暇がないほどに慌てているようだ。腕はがっしり掴まれており、振り解けない。  脱出を諦めた俺は鞄を放り投げ、言われた通りに走り出した。 しばらく走ると体育館が見えてくる。 「………れかぁ!……っだれかたすけてぇ!!」 体育館の倉庫の方角から悲鳴が聞こえてきた。必死に抵抗しているのか少し息が荒くなっている。 急いで向かい、中を覗く。 チワワが2人、嘲笑の笑みを浮かべている。そしてガタイの良い奴らが数人ほど。襲われているのは小柄な生徒、必死に抵抗しているが体格的に勝ち目はない。 「…………ッチ…多いな……」 俺を問答無用で連れてきた人は中の状況を見て舌打ちをする。 「俺が相手をするからお前は被害者の保護を頼む」 言い終わった直後、その人は飛び出した。俺も続けて被害者の元へ走り寄る。 「風紀委員が来た!早く逃げるぞ!!」 怯えながらも逃げ去ろうとするガチムチども。 「逃がさない」 どこから取り出したのか、長い棒のようなものを振り回して次々と撃退していく。 「………大丈夫か?」 襲われていた小柄な奴に話しかける。 「はっ……はい…………」 服は脱がされておらず、引き裂かれた場所もない。声は弱々しいが、目は生きている。未遂だったのだろう。 「…………っ危ない!!」 切羽詰まったような声が聞こえてくる。 声が聞こえた方向から顔にキズがあるガチムチの1人がこちらへ走ってくるのが確認できた。 人質でも取るつもりだろうか。 倉庫の中は少し暗い。隣にある物の影でおそらく俺の顔は相手側から見えていない。 好都合だ。 すぐに立ち上がり、回し蹴りで確実に相手を仕留める。 普通に弱かった。 「大丈夫か⁉︎」 一通り倒し終え、加害者たちを拘束したようだ。心配そうにこちらへ駆け寄ってくる。 そして俺の顔を見た途端、固まった。 「お前…狼夜優か?……………なぜここに?」 眉間に皺を寄せ、心底意外だと語りかけてくるような顔でこちらを見てくる。 「いやお前が無理矢理連れてきただろ」 何言ってんだ、この人 呆気にとられたように再度硬直した後、頭を抱えて申し訳なさそうに口を開く。 「……すまん。てっきり風紀委員の誰かだと思っていた」 真正面から初めて向き合う。 深緑色の長い髪を後ろでキッチリ結び、黒縁の眼鏡をかけている。目が開いているのかわからないほどの糸目。瞳は髪と同じ深緑色だった。若干枯れている低い声。背は俺とほぼ変わらない。 「俺は平野 理玖(ひらの りく)だ。お前がいて助かった。ありがとうな」 「……………」 「あっ…あの!助けてくれてありがとうございました!」 礼を言われたのはずいぶんと久しぶりだ。 照れ臭くなって黙ってしまう。 「仲間に連絡した。すぐに応援が来る。俺は彼を保健室に連れて行くからお前は風紀室に戻れ」 チワワがペコペコとこちらに向かってお辞儀をしている。 ふわふわとした温かいものが込み上げてくる。 こういうの、悪くないかも……… 頬が緩み、口角が上がる。 機嫌がすこぶる良い俺はロープでぐるぐる巻きにされている奴らの横を颯爽と通り抜け、風紀室へ向かった。 余談だが、俺が体育館倉庫から出た後、すぐに他の風紀委員が駆けつけて連行したらしい。加害者は全員謹慎になったそうだ。 ※ ※ ※ ちなみに長い棒は平野の常用武器である。あまり身体が強い方ではないので道具を用いて戦っている。 棒は折りたたみ式で左側のブレザーの裏側にしまっている。他にも小道具を持ち歩いている。
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