狼さんは戻りたい

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「大丈夫か⁉︎」 よく知っている声が聞こえる。 強面どもが倒れていく姿とくぐもった声。 委員長はひらりひらりと攻撃を避けて的確に相手を仕留めていく。 無駄な動きなどなく、舞を踊っているかのように軽やかだ。 20人以上もいたのにあっという間に倒されてしまった。しかも全員特に目立った外傷なしで気絶させられている。 最短の時間で最小限の被害にとどめる、それがどんなに大変で技術のいることなのか俺にはよくわかる。 そして委員長はそいつらを拘束してから駆け足気味にこちらへ向かってきた。 心配そうに覗き込んで、涙が出そうなほどに優しい声で話しかけてくる。 「大丈夫だ。もう安心していい」 優しく俺の頭を撫でた後、手足の拘束を解いていく。 「…………っいいんちょう!!」 「ああ、もう大丈夫だ。大丈夫」 先程の光景がまだ脳裏に焼き付いている。 助かったのにまだ身体の震えが止まらない。 委員長に状況を説明するため、途切れ途切れになりながらも頑張って言葉を紡ぐ。 「………おれっ………急におそわれた!からだ舐められた!!きもち……わるかった!」 「そうか」 委員長に抱きつき、逞しい胸に顔を埋める。 柑橘系の爽やかな香りともう大丈夫だという安心感がこわばっている身体をほぐしてくれる。 涙が勝手に溢れ出てくる。 そこから涙が止まるまでの間、委員長は優しく背中を叩いてくれていた。 涙を出し切った後、涙でぐちゃぐちゃになっているであろう顔をあげる。 涙を思いっきり流したおかげでだいぶ気分が良くなった。 そこで俺は気がついた。 俺は今、上半身がほぼ裸の状態だ。さらにベルトは外れていて、ズボンがいまにもズレ落ちそうになっている。 さらに部屋には俺たちだけじゃなく他の風紀委員もいて、微笑ましいものを見るようにこちらへ視線を向けている。 ぼんっと顔から湯気が出そうなほどに真っ赤になる。そして走馬灯のように思い出される自分の恥ずかしい行動。 勝手に委員長に抱きついて思いっきり泣いてしまった。!! やばい………委員長の顔が見れない………… 恥ずかしさと迷惑をかけてしまったという罪悪感が俺を襲う。 恐る恐る委員長の顔を見上げる。 委員長は微笑を浮かべ、優しい眼差しでこちらを見ていた。 迷惑などではなく、ただ俺が無事だったことを喜んでくれているような、そんな優しい表情だった。 怒っていたり、あからさまに迷惑そうな表情ではないので安心する。 俺の視線に気がついた委員長はごそごそとポケットに手を突っ込んだ後、俺の手に大きめな飴を1つ握らせた。 「いちごミルク味だ。口の中に入れておけ」 いちごミルク味……… 思わず笑ってしまう。 袋から飴玉を取り出し、口の中に放り込む。 ミルクの滑らかな味といちごの甘酸っぱい味が口に広がる。甘さもちょうど良い。 委員長はブレザーを脱いでそっと俺にかける。 「自分で立てるか?」 「はい…………」 立ち上がった俺の手を軽く握り、エスコートをする様に歩き出す。 俺の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれている。 自分が女になったみたいで、めちゃくちゃ恥ずかしい。 ……でもなんだろう、少し嬉しい。 嬉しいような恥ずかしいような、そんなむず痒い気持ちが溢れ出てくる。 この気持ちは一体何なのだろうか………… ※ ※ ※ 球技大会は自分が出る種目の直前に体育着に着替える仕様のため今は制服。 ちなみにヘッドフォンは寮の部屋で留守番中。
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