サクラ

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サクラ

 一口吸ったばかりの咥え煙草を、真っ赤な爪がさらっていく。どうせあいつだろう、と半ば確信しながら振り向けば、やはり思ったとおりにサクラが立っていた。トレードマークの黒いドレスに身を包み、今日も今日とてつまらなそうな顔をしている。  「退屈ね。」  サクラが吐き捨てた言葉に、俺は適当に頷いた。  退屈。  サクラが一番嫌う言葉だ。  サクラとは何回か寝た。いわゆるセフレってやつだろう。それがいつの間にかだんだんセックスはしなくなってきて、こうやって時々飲み屋で顔を合わせる仲になった   別に情が移ったわけでもない。なんとなく、としか言いようのない関係。  サクラは断りもなく、隣のスツールに腰を掛ける。カウンターの中のバーテンダーがサクラの前にジンライムを置いた。ありがとう、と片頬で笑ったその表情を見て、俺はサクラが長髪を一つにくくったこのバーテンと、もう寝ていることを知る。  サクラが俺から盗った煙草をゆっくりとふかし、灰皿に置く。俺はそれを拾って一口吸い、また灰皿に戻す。次はサクラの番だ。  カウンターの中でシェイカーを振るバーテンが、こちらを気にしているのが分かる。どうせこれも、サクラの暇つぶしだ。  ジンライムの細長いグラスを赤い唇に運び、からかうようにサクラが言う。  「今日の宿はもう決まったの?」  俺は苦笑して、とっくだよ、と返した。これでもヒモ歴は長い。今は特定の飼い主の家はないけれど、夜を越す場所くらいは昼のうちに確保している。  「先週から麻美の部屋にいる。」  「麻美って、時々この店にも来てた子? 長い髪の、子供みたいな。」  長い髪の、子供みたいな。  そんなことを言われても、宿主の容姿なんてまともに見たり記憶したことはない。だから俺は曖昧に頷いて、バーボンのグラスを傾けた。  くすくす、と、きれいに光を反射する唇でサクラが笑う。  「あの子、あんた目当てにこの店に通ってたのよ。一途ね。」  一途。  俺には一番ふさわしくない言葉だ。これまでずっと、一途とは正反対の恋ばかりしてきた。いや、俺がやっていることはただの宿探しで、恋とさえ呼べないか。  「優しくしてあげなさいよ。」  「俺はいつも優しいよ。」  「最低ね。」  「分かってる。」  短い会話を重ねる。バーテンダーは、まだサクラの様子を気にしている。カウンターだけのこの狭い店に、俺もサクラもほぼ毎晩来ては紫煙にまみれている。だからバーテンダーにだって、サクラがどういう女かくらい、もう分かっているはずだ。  
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